孤独な月を 神は笑った
QUATTRE
「骸さん、誰れすこいつ」
骸と腕を組んで執務室に入って来たグロリアを指差し、犬はこてんと可愛らしく首を傾げて問い掛けた
女性関係が色々と派手な骸は、実に様々な女と関係を持っている
犬も千種もそれは良く知っているし、しかしそれはあくまで“仕事”であって決して私情を挟んだりはしない。だからこそ忠実な二人の部下は何も言わずただそれを黙認してきた
それ故に純粋に驚いたのだ。今まで1度も女を連れ込もうとしなかったこの執務室に、こうも堂々とグロリアを連れて来た事に
「失礼ですよ、犬。彼女はグロリア・ウィンスレット。ボンゴレが所望する“魔女”です」
ヒクッと犬の耳が動いた。興味津々といった様子でグロリアの顔を覗き込む犬は新しい玩具を見付けた子供のようで実に楽しそうだ
獄寺がケーキを焼くのを待つ間暇だとごねたグロリアを、骸は仕方無く執務室へと連れて来たのだ
まだやらなければならない仕事もあるし、かと言ってグロリアから目を放すわけにもいかない
苦渋の決断だった、と言えば言い過ぎかもしれないが、しかしツナの所に置いておくつもりは毛頭無かった。他に手段は無い
「千種、グロリアに飲み物を。彼女はロイヤルミルクティーがお好きだそうです」
「…はい」
ついでに自分にも何か淹れてくれるであろう忠実な部下は、静かに簡易キッチンへと姿を消した
「あまり周囲の物をかまわないで下さいね、グロリア。それと犬、お前はどこかに行きなさい」
「ぎゃん!!なんれれすか骸さん!!」
「グロリアと君が揃うと良からぬ事が起こりそうだからです。今すぐ消えなさい」
「酷いれすよー。オレ何もしてないびょん!!」
「犬はそうでもグロリアはこちらの言う事を訊いてくれないので。
…どうしても出て行かないと言うなら実力行使しますが?」
冷笑を称えて骸が犬を見ると、きゃんっと鳴いた犬はすぐさま部屋から出て行こうとする。しかし、
「あ、れ…?」
「…何をしているんです、犬」
足が、動かない。まるで床に吸い付いてしまったかのように固まった足を両手で持ち上げたり力ずくで動かそうとしてみるのだが、やはり一向に動く気配は無い
ふざけているのかと犬を叱咤しようとした骸は、犬の余りの困惑ぶりに異常を感じ取った。悪戯ならばここまで慌てないだろう
じっと犬を見つめていた骸は、この部屋に居る唯一こんな事ができるグロリアを睨んだ
「…何をしたんです、グロリア」
「黙って聞いていれば随分他人を小馬鹿にしてくれるじゃないか、六道骸。わたしは特別何もするつもりは無かったのに」
「やはりこれは貴女の仕業ですか。…犬、少し落ち着きなさい」
どう頑張っても動かない己れの足にとうとう泣き出してしまった犬をあやす。足が石化してしまった犬は座り込む事すらできずに嗚咽を漏らしていた
「骸さん…オレずっとこのままれすか?」
「そんなはずないでしょう。グロリアの悪戯ですよ、すぐに解けます」
「ほう、断定して良いのか?わたしが術を解かなければそいつはずっとそのままだぞ」
楽しそうに口元を吊り上げたグロリアを見て、犬の泣き声は更に大きくなる
とそこにミルクティーを淹れ終えた千種が現れた。睨み合うグロリアと骸、そして何故かきゃんきゃん泣きじゃくる犬を見てやはり面倒事が起きたと溜息を吐く
「…どうぞ」
「ああ、ありがとう。ちなみにわたしはアールグレイも好きだぞ」
にっこりと千種に微笑みかけグロリアが告げた事実。千種の視界の隅で骸のこめかみに青筋が走ったのは見間違いではない
「…何がしたいんですか、貴女は…!!他人を馬鹿にするのもいい加減にしなさい!!」
散々おちょくられて完全に頭に血が昇ったのか、珍しく骸が声を荒げてグロリアに怒鳴る
骸の怒る様など滅多に見ない二人の部下も呆気に取られて骸を見つめた。犬に関しては泣くのも忘れあんぐりと口を開けている
「呼びもしていないのに勝手に現れて、好き放題振る舞って、一体何様のつもりですか!?」
グロリアの表情から、すっと笑みが消えた。常に微笑みを浮かべるグロリアしか見て来なかった骸は、言い過ぎた、と後悔したが時既に遅し
しまった、骸がそう思った時にはグロリアは立ち上がり口を開いていた
「…そうか、それは悪かったな。勝手に来て無意味に滞在して。招かれざる客はさっさと退散するよ」
骸が待ったを掛けるより早く、グロリアはそこから消えてしまった。それは言葉が終わると同時だった
まるで骸が作り出した幻像かのように、グロリアは霧と化して消えた。引き止めようと手を伸ばした骸は所在無さ気にその手を下ろした
「…骸様」
千種がわずかに非難を含んだ声音で骸の名を呼ぶ。有能な部下は“魔女”の機嫌を損ねてしまったのではと心配しているのだ
骸達からグロリアにコンタクトは取れない。もし二度と呼んでもらえなければ、ツナに下された任務は遂行できなくなってしまう
更に言えばボンゴレに取り込もうとしているのに、もしかしたらグロリア今回の出来事で敵対するファミリーに与[クミ]してしまうかもしれない
ギリッと下唇を噛み締めた骸は、結局グロリアに飲まれず冷え始めたミルクティを一気に飲み干した
口内に広がる紅茶独自の苦味は、記憶に無いいつかに味わった事のある味だった
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