孤独な月を 神は笑った
NOVE
ギィっと開けられたグロリアの城の入口は、不可思議な事にボンゴレ屋敷のエントランスへと通じていた
便利だとは思いつつもどうも納得がいかない。自分達はこの屋敷に辿り着くまでに大変な労力を費やしたのに、と雲雀は思った
グロリアの屋敷からボンゴレのエントランスが覗けるというのは何とも奇妙な光景だ
どういう絡繰で遠く離れているボンゴレ屋敷と繋がっているのかは分からないが、明らかに異質なはずなのに何故か既にそれを受け入れてしまっていた
「君は、ずっと城[ココ]に居るの?」
「ああ。城がわたしの住処で在るべき場所だ。他の所には行かない」
「…君の意思で?」
「それもあるな。わたしはこの土地が気に入っているし、思い入れもある。
長い間城の外に出ていないから今更他所[ヨソ]で生きていくつもりは無いよ」
片側だけ開けたエントランスの扉に凭れ掛かり、グロリアは優雅に微笑んで見せた
その笑みは初めの頃とは随分違う。柔らかくて儚気な笑顔だった
すっかり二人が帰るムードになってしまったが、これでは任務を果たせなくなってしまうのだ
グロリアを連れ帰る所か何の進展も無かったとあのドン・ボンゴレが知れば、守護者が二人も揃って何をしていたんだと嫌味を言われる事は目に見えている
何かしらの手柄を立てなくては、と骸は雲雀がグロリアと話しているのを良い事に頭をフル回転させた
連れ帰る事ができないのなら、せめてあのボスを黙らせる事のできる情報が欲しい
「…グロリア、貴女はいつからここに居るんですか?」
「ん?さあ、もう覚えてないな。確か最後に森から出たのはレーニンが大統領だった頃だ」
「……随分長生き、ですね」
「別段長生きな訳ではないよ。死ねないだけだ」
ふわっと、薔薇の香りが骸の鼻を擽った。グロリアが骸の前を通り過ぎたのだ
グロリアの髪から香ったのだろうか。コロンやオイルの類にしては香りが強く鮮明だった
「さあもう行け。わたしも眠い、あまり夜更かしし過ぎるとシャドウが心配するからな」
扉付近に立つ雲雀達よりも数歩屋敷の奥に入ったグロリアは、まるで何かを追い払うかのように手を振った
かなり邪険な扱い方だが、どうやらそれに順応してしまったようだ。初めは癇癪ばかり起こしていた雲雀もグロリアのこんな行動を流していた
「またここに来れば、貴女に会えますか?手土産代わりに何か、貴女に関する事を教えて下さい」
色々考えあぐねたのだが、結局グロリアには思考を読まれてしまう事を骸は思い出した
だったら単刀直入に訊いてしまおう。骸としてはあまり美しくないやり方ではあるが、今は致し方無い
グロリアを出し抜けるだけの知識や技術を身に着けてからグロリアを越えられれば良い。今は無理でも、近い未来に、必ず
「…諦めの悪い男はモテないぞ」
呆れたように呟いたグロリアは、飾られていた花の入った花瓶にいきなり手を突っ込んだ
まるでいっぱいに生けられたカサブランカなど無いかの様に、細い腕を差し入れたのだ
「これを持って行け。大概わたしは外の様子を知る事はできるが、それがあればより良く知る事ができる。
お前達が本当にわたしを必要とした時だけわたしと繋がるようにしてやろう」
不自然に全く濡れていない手でグロリアが差し出したのは、真っ赤な石が組み込まれた指輪だった
小さなその石はエントランスのわずかばかりの灯りを取り込んでキラキラと輝いている
「…本当に、必要な時だけ?」
「手当たり次第に呼び出されていては体力の無駄だろう、わたしのな。
…ドン・ボンゴレ沢田綱吉によろしく」
雲雀も骸も動いていないのに、気付いた時にはボンゴレ屋敷のエントランスに居た
慌てて扉を開けるが、そこに広がっているのは何の変哲も無い庭だけだった
「…この指輪、どうすべきだと思う?」
「…取り敢えず、綱吉の所に行きましょうか」
何がなんだかさっぱり理解できなかった。ツナにねっちょり苛められる事が目に見えているが故に、二人の気は石の様に重かった
「……で、収穫は小さな指輪1つ?俺、魔女を連れて来いって言わなかったっけ」
手の中でグロリアから受け取った指輪を弄[モテアソ]びつつ、嫌なくらいの笑みを浮かべてツナは言った
あのまますぐにツナの執務室に赴いた雲雀達はソファに座り、居心地悪そうにしている
今までに1度だって任務を遂げられなかった事は無い。だからこそ気の利いた言い訳の1つも思い付く事もできずただ口を真一文字に結び沈黙を守っていた
「守護者が二人も居て何してたんだよ。任務に出してから1ヶ月以上も経つのに1度も連絡寄越さないし繋がらないし、すっげぇ迷惑だったんですけど?」
迷惑、というのは本来ならば骸や雲雀が出なければならなかったパーティーや会議の穴埋めの話をしているのだろう
ツナの言葉に何か引っ掛かる物を感じた骸と雲雀は、互いの顔を見合わせた。何かが、おかしい
「…1ヶ月って、精々3・4日だと思うんだけど」
「…それに定期連絡は入れましたよ。最低限の1日1回ですが」
食い違った事実に、不貞腐れていた二人は口を揃えて抗議する
それにぱちくりと目を動かしたツナは、その数秒後には盛大に笑い出した
「あっはっは!!へぇ、本当に魔女なんだ?想像以上だよ、願っても無い話だ!!」
ニイッと笑ったツナは、今では有能な自分の部下であり仲間となった二人の前に指輪を差し出し、声高らかに命令した
「ますます欲しくなったよ、その“魔女”が。って事で、力ずくでも良いから連れて来い」
有無を言わさないその笑顔と圧力に、自分の方が年上なのにと思いつつも二人は黙って首を縦に振るしかなかった
†Before†
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