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孤独な月を 神は笑った
SETTE



それは、短時間で語ってしまうにはあまりにも悲しい過去だった


人々の思いや願いを語り尽くすには時間が足りなくて、しかしグロリアは私情を一切挟まずに事実だけを簡潔に述べた



「…要するに、その国王の頼みで死んだお姫様を蘇らせて、それがミラだったってわけ?」



グロリアは必要な部分だけを交い摘まんで説明したのだが、話が複雑過ぎて今一雲雀達は理解しきれていないらしい


混乱した表情を見せた雲雀が更に明確な答えを求めて疑問を口にすると、グロリアは紅茶を綺麗に飲み干してから首を横に振った



「言っただろう、もう何百年も前の話だと。あの時蘇らせたお姫様は随分昔に死んだ」


「……では、彼女は?」



ますます分からない、と顔を見合わせた二人は複雑そうな表情を浮かべる。消えてしまった住民も街の建物も、何もかもが理解出来なかった



「…ミラは半年程前に蘇らせた死人だ。

わたしが死者を蘇らせるのに必要な物は、その者への深い愛情と対価だからな。ミラの恋人だと名乗る男がここに来たのさ。事故で死んでしまった恋人を蘇らせてくれ、とね」


「それでその恋人とミラはこの街に住んでいたという事ですか?しかし何故ミラは突然消えたんです、また恋人が生き返らせて欲しいとここに来るのでは?」


「…その心配は無いよ」



骸の質問にわずかに肩を揺らしたシャドウを宥[ナダ]める様に、グロリアは柔らかな毛並みの頭を優しく撫でた


労[イタワ]る様に、慈しむ様に、その手付きは骸達の持つグロリアへのイメージとはかけ離れていた



「死者を蘇らせる条件として、蘇った者はここに住んでもらう事にしている。この街で1度死んでいない人間が住む事は不可能だよ」


「他に、死者を蘇らせる条件は…」


「ちょっと待って」



唐突に、今まで無言でグロリアを睨み付けていただけの雲雀が口を挟んだ



「…街に住めるのは、蘇った者だけ?」



確認するようにゆっくりそう言った雲雀は、怪訝そうに顔を歪め、グロリアの見えない瞳を見た


はっとした様に目を見開いた骸も、グロリアを見つめ答えを待った









「……そうだよ。この街の住民は、全てわたしが蘇らせた人間だ。老若男女に関わらず、な」





長い長い沈黙の後、グロリアはそう静かに告げた。目を見開いた二人は余りに予想外の事実に顔を見合わせて驚く



「“街”とは建物だけで機能するものでないよ。そこに住む人間が居て初めて価値が産まれるのだ。

“街”の建物も、住人も、全てわたしが作った。あの魔方陣は、“街”の全てを維持する為の物だったのだよ」



信じられない、と喉の奥で呻いた雲雀は、しかし目の前で起きた事実なだけにそれを信じざるを得ないと無理矢理自分を納得させた


忽然と街が、人々が姿を消し、残ったのは一面の薔薇と古い大きな城のみ。これが、本来の姿だったのだ



「あの地震は自然現象だよ。わたしが地震を止める事もできるが、後になって倍以上の威力を伴って返って来るからな。自然には一切手出ししない事にしている。

この土地は元々地盤が弱くてね、更にはプレートの上にある。地震が起きやすい土地柄だった。


…随分前から、気にはしていたんだよ。唯一剥き出しになったあの方陣が、頻発する地震で壊れるのではないか、と。

今日大きな地震が起きる事は分かっていた、更に言えばこうなる事も分かっていたよ。終わりとは、いつでも呆気無いものだ」



饒舌に一気に語ったグロリアは、何度も何度もシャドウの頭を撫でていた


まるで溢れる涙を隠すように俯いているシャドウは、何も言わず何もせずにただグロリアに身を委ねている



分かっていても、何もしなかった。それはグロリアが自然界には干渉しないという信念を持っているからで、それはグロリアが“魔女”であり続ける理由でもあった



「全ての事柄には終わりがある。その終わりが今日だっただけで、おまえ達はそれに立ち会った。偶然ではない、必然だよ」



今までの笑い方とは違い、どこか残念そうに微笑んだグロリアは、そっとシャドウの背を押して立たせた



「シャドウ、紅茶が切れてしまった。代わりを淹れて来ておくれ」



はい、と小さく答えたシャドウは、そのまま部屋を出て言った


雲雀達がウサギの表情を読み取る事は非常に難しかったが、そんな二人でも分かる程にシャドウの表情は暗かった


何かに残念がっているようで、幻滅してしまったかのようなシャドウの背中もまた影が射している


そんなシャドウが出て行ったのをドアの閉じる音で確認した骸は、足を組み替えてからグロリアに訊いた



「…“ミラ”が地震の前に消えたのは何故です?貴女の計画の内だったんですか?」


「いや、……“忘れられた”のだよ」



この質問が来る事が分かっていた様に、グロリアは笑った。どこか自嘲めいたその笑みを見て、骸は純粋にバンダナの下の瞳が見たいと思った


彼女が何を考え何を思い何を感じているのかを知りたい。子供染みた好奇心に、骸は必死で蓋をした






「ミラを蘇らせてくれとここに来た恋人が、彼女を忘れてしまった。存在そのものを忘れたわけじゃないよ、ミラの死を乗り越えたんだ。

蘇った者は記憶と想いを要に作っているからな。想い人に忘れられれば、この街の人間は消えていく。想いが弱くなるから、ね。


言っただろう、『この街の人間は極端に寿命が短い』と」





全てのからくりは解けたのに、何故こんなにも後味が悪いのだろう




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