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孤独な月を 神は笑った
SEI



あの後、小さな両手一杯に薔薇を抱えたシャドウがグロリアを室内に誘い、骸と雲雀もそれに従った


今まで通されていたグロリアの部屋とは違い、応接間の様な雰囲気の漂う部屋で二人はグロリアと対座している


どういう事なのかを、グロリアは説明すると言った。帰ろうとしていた雲雀もあまりの急展開にしばし混乱し、グロリアが口を開くのを待っていた



「グロリア様、お茶が入りました」


「あぁ、ありがとう。今日はおまえも同席しなさい」



大きなソファに1人で座っていたグロリアは、広く空いた隣のスペースを軽く叩く


骸と雲雀の正面にティカップを置いたシャドウは、若干恐縮そうにそこに腰掛けた



「さて、どこから話せばおまえ達は納得する?」


「…取り敢えず君、喋れたの」



優雅にソーサーを持ち上げたグロリアを、雲雀は半眼で睨んだ


あの脳内に直接話し掛けられるやり方は、まるで全てを見透かし詠まれているようで気にくわなかったのだ


普通に話せるならば、何故そうしなかったのか。そう問えばグロリアはなんでもない事のように平然と答えた



「話せるようになったのだよ、雲雀恭弥」


「……は?」


「…そういえば、地震の直後からですね。グロリアがそうやって話すのは」


「ん?あぁ、良く気が付いたな。これを説明すると長くなるから、まずは事の始まりから話そうか」



再度ティカップに口を付けたグロリアは、しっかりと口内を潤してから口を開いた





「もう随分前の話になる。おまえ達はまだ産まれていない、何十年も何百年も前の話だよ」



それは、思い出す事を頑なに拒んでいた、彼女の負の歴史だった




















昔々、ある所に、大層美しいお姫様が居ました。お姫様は美しいだけでなくそれはそれは心の綺麗な方で、両親や家来は勿論の事全ての国民に愛されていました


お姫様の国は決して大きくはありませんでしたが、とても豊かで平和な国でした。農作物が豊富に取れ、水も緑も申し分無い、人々が幸せに暮らせる国でした



お姫様の父親である国王様はとても賢い人で、他国との間で争いが起こらぬように日々努力していました



お姫様が16歳の時の事。ある国の大使がやって来て言いました




『我が国の王子に、お姫様を下さい』




美しいお姫様に求婚が来るのは珍しい事ではありませんでした。しかし、いつもならやんわりと丁重に断る国王様も、今回ばかりは困り顔で閉口してしまいました


この大使の国は近隣諸国の中では1番大きく、更には大変な軍事力を持っていたのです。もしここで彼の機嫌を損ねてしまえば、戦争が勃発しかねないのです



国王様は困りました。可愛い愛娘を政略結婚なんてさせたくありません。しかしこれを断れば、国民が犠牲になるかもしれないのです






国王様の苦悩を知ったお姫様は、ある日玉座に膝を付き言いました



『お父様。私、国の為に嫁ぎますわ』



それは、16歳の少女が口にするには余りにも重く切ない言葉でした


しかし他に方法が無い事を知っていた国王様は、娘に何度も何度も謝り、最後に有難う、と告げました



国王様は泣いていました。大切な娘を嫁がせる日が、こんなにも近くこんなにも残酷に訪れるとは思ってもいなかったのです



お姫様の婚約のニュースは、あっという間に国中に知れ渡りました。ある人は嘆き、ある人は喜び、そしてある人は悲しみました。お姫様はこの国の大切なお姫様なのです












お姫様が他国に嫁ぐ日。最後に一目お姫様を見ようと、沢山の人が行列を見送りました



長い長い行列を、涙を流して見送る人々に笑顔で手を振るお姫様。きっとこれがこの国の人々がお姫様を見れる、最後の機会でした



お元気で、さようなら。人々が別れを惜しむ中、1人の男が行列の前に立ち塞がりました



『お姫様はこの国のものだ!!他の国になんてやるか!!』



男が手にしていたのは口径の小さな銃でした。それを見た兵士達はお姫様を守るべく剣を構えましたが、男が引き金を引く方が早かったのです







パンッという小さな音と共に、お姫様はこの世を去りました。まるでこの出来事を予期していたかの様に、お姫様は穏やかに微笑んでいました







その日から、2つの国の間で戦争が起きました。自分のお妃様を殺した国を許さない、と言った相手の国と、お姫様を拐おうとした国を許さない、と言ったお姫様の国と



それは大きな戦争でしたが、長くは続きませんでした。お姫様の国が、負けたのです



大きな軍隊を持っていなかったお姫様の国は、押し寄せる沢山の戦車に立ち向かう事すらできずに負けました



しかし相手の国は、国王様が降伏してもなお侵略を続けました


畑を焼き払い女子供を拐い男はまとめて銃殺し、金目の物は全て奪って行きました









壊す物も奪う物も何も無くなった頃、ようやく戦争は終わりました。しかし、お姫様の国も無くなってしまいました



唯一、生き残ったのは、国王様だけです



大切な娘と守るべき国と民を失った国王様は、金箔の剥がれた王冠を握り締めて泣きました



朝日が射しても月が昇っても、雪が降っても桜が咲いても、国王ではなくなった国王様は、いつまでも独りで泣き続けました



















もう国王様以外誰もが戦争を忘れた頃、衰え窶[ヤツ]れた元国王様の所に、1人の女が訪ねて来ました


真っ黒なローブを羽織り、傍らには黒猫を連れた銀髪の女は、元国王様に言いました





『おまえの大切な物を、取り戻してやろうか?』




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あきゅろす。
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