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孤独な月を 神は笑った
CINQUE



それは大地が割れるのではと不安になるほど大きな揺れだった


あまりの揺れの大きさに雲雀と骸は立っている事もままならず、已[ヤ]む無く絨毯に片膝を付いた


一方グロリアは特に動揺した様子も見せず、平然とカウチソファに座りブランデーを口に運んでいる



未だに吊り上げられたままのその口端を見咎めた雲雀は、なんとも形容し難い感情が腹の底から沸々と沸き起こるのを感じた



「……これも、君の仕業なの」



カサブランカが飾られていた花瓶が床に落ち、耳障りな音を立てて砕け散った



「…どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ」



他の調度品もグラグラと大きく揺れ、支えが耐えられなかったのか次々と倒れていく


雲雀はグロリアに攻撃を仕掛けたくて仕方が無いのだが、如何せん足場が悪すぎる。ぎりっと唇を噛み締めてこの屈辱に耐えていた




どこか遠くで、あるいは近くで、何か大きな物が崩れる音が聞こえた。恐らく振動に耐えられなかった建物が倒壊したのだろう、と雲雀は思った



『……“終わり”だよ』



始まりが唐突だったように、それは終わりも唐突だった


ふっと突然世界が停止し、揺られ続けていた内臓から気持ち悪い物が込み上げて来る


骸と雲雀が俯いてそれに耐えていると、何事も無かったかの様にグロリアは立ち上がり周囲を見渡した


家具は全て倒れ窓硝子には大きな亀裂が走っている。それを一瞥したグロリアはふぅっ、と小さく息を吐き、1度だけ天を仰いだ



「…気が済んだのかい?」



ちゃきっとトンファーを構えた雲雀が、グロリアの正面に立ち塞がった。その少し後方には骸が三叉槍を構えていて、二人とも戦闘本能を剥き出しにしていた



「君が地震まで起こせるとは恐れ入ったよ。本当に“魔女”みたいだね」



ニヤリと、それはそれは楽しそうに笑った雲雀は、恐らく久々に自分を興奮させてくれる獲物に出会えた事に喜びを感じているのだろう


怒りを通り越して至福さえ見い出してしまった雲雀を、止める方法は無い



骸も計り知れないグロリアの能力に警戒しているのか、右目の数字を変えていた





「……終わりだと、言っただろう」



そんな中、グロリアはどこか興醒めした様に立ち上がり、徐にパンっと手を叩いた


今度は何が起こるのかと身構えた二人は、目の前の光景が理解できずに固まった


地震で倒れた家具が次々に起き上がり、元の位置に納まったのだ


それだけではない。ヒビの入った硝子や粉々に砕け散ったはずの花瓶さえもが修復し、更には折れた花や零れた水までもが元通りになった



「これは、」



あまりの衝撃に言葉を無くす二人に、グロリアは声を掛けた



「外の空気を吸いに行こうか、着いて来い」



骸達の返答も聞かずに歩き出したグロリアの背中を、二人は黙って見つめた


彼女が何を考えているのかが全く分からない。大人しく着いて行けば外に出られるのか、それともまた別の空間に連れられるのか



「…ここは大人しく従いましょう、雲雀くん。グロリアの様子を見る限り、どうやら我々を攻撃しようという意志は無いみたいですし」



そっと雲雀に耳打ちしたを骸はグロリアの姿を見失わない内にとその背中を追う


それをしばらく見つめていた雲雀はもう1度部屋を見渡してから、骸とグロリアを追い掛けた




















外に出る、と言ったグロリアは廊下を辿り階段を降りた。その行き先はどこか分からないが、予想以上に普通な経路に二人は若干拍子抜けした



唐突に立ち止まったグロリアは骸達が追い付くのを待ってから、1つの扉を開けた


灯りの付いていなかった室内に射し込んだ光はあまりにも眩し過ぎて、反射的に雲雀達は額に手を翳[カザ]す



「……これは…」



確保された視界の中に飛び込んで来たのは、予想していたヨーロピアンな街並みではなく四方に広がる一面の薔薇畑だった


風に乗って届く薔薇の芳香が鼻を擽る。あまりの香りの強さに、目眩を覚えるほどだ



「綺麗だろう、シャドウが世話をしてくれている」



グロリアが指差した方を見ると、確かにきっちりとタキシードを着込んだウサギが黙々と枯れた花弁を千切っている



「…街は、どこへ消えたんです?この城は街の中央にあったはずですが」



目の前に広がる光景が信じられず、骸は単刀直入に訊いた。言葉を失っていた雲雀も、答えを待つようにグロリアを見る



彼らの目測が正しければ、この薔薇畑は丁度街が展開していたのと同じだけの面積があった


まるで街の建物全てが薔薇に変わってしまったかの様に、城を中心にして薔薇が咲いているのだ



「…だから、“終わった”のだよ」



エントランスぎりぎりに咲いていた深紅の薔薇を1本折り、グロリアはそれを太陽に翳した



「人間の、儚く脆い、御伽噺にも似た夢物語がね」



その時、骸と雲雀は気付いた


グロリアの声が、脳内に響くのではなく直接耳から入って来ているという事に


わずかに吊り上げられた唇は、いつものような嘲りを含んでいるのに。どこか淋し気に感じられたのは、きっと気のせいではない




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あきゅろす。
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