孤独な月を 神は笑った
TRE
丸い月が昇り始めた夕方、骸はホテルの前の壁に凭れて人を探していた
シンディとミラ、と言うらしい昨日引っ掛けた女達
グロリアの言った事を信用したわけではないが、わざわざ彼女が明言したのだ。従った方が良いと判断し、居所が分からない彼女達を見付けようととしている
しかし、かれこれ2時間もここに佇んでいるがそれらしき人間は見当たらない
ホテルの宿泊客だったとしたら、もうチェックアウトしてしまっているかもしれない。そうなったら会える確率は低い
(やはり無理にでも雲雀君を引っ張って来るべきでした…)
シンディとミラを探しに行くと決まった時、雲雀は疲れたと言い張りホテルの部屋に残った
勿論それの原因は疲労ではなく、雲雀はグロリアに踊らされている気がしてただ単にやりたくなかっただけだ
散々骸も必死に誘ったが結局雲雀がその場を動く事は無く、骸は渋々1人で彼女達を探している
気温も下がり肌寒くなってきた。そろそろ部屋に戻っても、見付からなかった事を雲雀に咎められはしないだろう
少し反動を付けて壁から離れ、ホテルのロビーを通り過ぎる
無駄足だった事に些か腹を立て、この苛々は雲雀に癒してもらおうと部屋に急ぐ
エレベーターも無い小さなホテルでは階段で上階に行くしかない。部屋を5階に取ってしまった事を軽く恨んだ
「あれ、骸くん?」
もうすぐ4階、という頃だろうか。階段の踊り場で下から声を掛けられ骸は下を見た
そこには骸が数時間外に立ち続けて探していた女の片割れが居た
「うっわ偶然!!あたし1人でつまんなかったんだよねー」
ヒールで床を鳴らして骸の隣まで駆けて来る女。…これはシンディだろうか、ミラだろうか
「…お1人ですか?もう1人はどうしました」
やはりこのホテルに泊まっていたのか。素直にホテル内から捜索すれば良かった、と骸は内心舌打ちした
「やだなぁ骸くん。あたしは1人旅だよ」
へらっと笑って自分の腕を引く女に骸は器用に方眉を吊り上げた
「待って下さい。今なんと?」
逆に女の腕を掴んで正面に向き直る
「…え?だから、あたしは1人旅だって」
おかしい、昨日はあんなに仲良さそうに二人で食事していたではないか、と骸の警鐘が確信に変わった
「少しお時間、よろしいですか?」
バタン、と乱暴にドアを開けて入って来た骸を鋭く睨み、手を引いて連れている女を見て更に目を吊り上げた
「ちょっと、女連れ込むなら他で、」
「雲雀くん、お話があります」
普段なら決して雲雀の言葉を遮ったりはしない骸が、ここまで慌てている。これは何かあるな、と文句を言おうとした雲雀は素直に口を閉じた
「昨日、僕が二人に声を掛けたのを覚えてますよね?」
「うん、シンディとミラでしょ。それが何?」
「彼女、…あぁ、お名前は?」
矢継ぎ早に話していた骸は、今更だが女の名前を知らない事に気付いた
シンディだろうがミラだろうが構わないが、分かっていた方が今後話を進め易いだろう
「えと、あたしはシンディだけど」
骸と雲雀の様子からただ事ではないと判断したのか、女は素直に答えた。見た目とは違い多少頭は使えるらしい
「では、シンディの話では、彼女は1人旅だと言うのです。このホテルにも1人で宿泊し、昨夜も1人で食事していたと」
骸の説明で理解しきれない雲雀はシンディを睨む
「嘘じゃないよ、あたし3日前からこの街を一周する旅行してるけど、初めから1人だもん」
口を尖らせて訴えるシンディを尻目に、雲雀と骸は顔を見合せた
「…どういう事、これ」
「僕にもなんとも…。確かな事は“ミラ”が消えた、という事だけですね」
ミラを知らない、と言い張るシンディを早々に追い出し、雲雀と骸はテーブルを挟んで考え込んでいた
あれだけ親密さそうだった友達を、急に知らないと言い出す根拠はなんだろう
「あの魔女は何を言おうとしたんだと思う?何でわざわざ“ミラ”が存在ごと消えたと僕らに知らせる必要があった?」
グロリアがシンディ達を探せ、と助言しなければ、骸達はもう1度彼女に会おうとはしなかっただろう
なら何故そんな必要があったのか。まさか“ミラ”を探し出せとでも言いたいのだろうか
「…僕が、グロリアに老人について訊いた時の彼女の言い回しを覚えてますか?『答えはおまえの中にある』彼女はそう言いました」
「それが何?」
「僕達の本来の目的はグロリアをボンゴレアジトに連れて行く事です。
そして綱吉から最初に得た情報は、グロリアは“死者を蘇らせる事ができる”という物でした。つまり、“ミラ”がグロリアの手によって蘇った“死者”なのでは?」
骸の説を聞いた雲雀はしばらく言い澱んでから口を開いた
「じゃあ、…まさか自分の力をひけらかす為に“ミラ”をまた殺したとでも言いたいの?」
「…そう考えれば全てがまとまります」
確かに全てが上手く繋がるが、なんだろう。この後味の悪さは
「もう1度、グロリアに会う必要がありますね」
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