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ルチフェルの泪とサタンの唄声
03



3日後、柘榴は昶の注文通りの物件を見付け引っ越した。ダニエラに頼んで無理に休みをもらい、1人で部屋を片付けている


昶は当然学校があるし、それ以前にあまり家の事を手伝うような性格ではない。自分の荷物を段ボールに詰めただけでも成長したな、と柘榴は思っていた



新居となる7LDKの部屋は近所で高級マンションと有名な物件で、当然家賃も数倍に膨れ上がった


しかし柘榴はそれに文句も言わず、ひたすら昶に尽くしている。ただの甘やかしと言われればそれまでだが、それが柘榴の愛情なのだ



家具も新しく買い揃え、いくつか数も増えている。2人で暮らすには広すぎるこの部屋は、柘榴から昶への最低限の優しさだ



親代わりである自分が、親の居る子供と同じ幸せを昶にも与えてあげたい。柘榴はその一心なのだが、“親”を知らない柘榴がどんなに頑張ったところで所詮それは真似事にすぎなかった





無意味に広くなった部屋を見渡し、柘榴は1つ大きな溜息を吐いた。今の稼ぎでは昶を養いつつこのマンションの家賃を払う事なんてできないだろう


もっと給料の良い仕事を探さなければならない。ようやく常連客の顔も覚え楽しくなってきたのに、と柘榴は少しだけ残念に思った



いつもそうだ。仕事に慣れ楽しくなり始めた頃に、柘榴はいつも仕事を辞めてしまう。いや、辞めざるを得なくなってしまうのだ


年齢偽装がバレたり、先輩の男を取っただのなんだのといちゃもん付けられたり、職場でストーカーが発生したり



バイトを転々としているお陰で色々な能力を身に付けられた事は良いのだが、しかし柘榴はこんな自分を残念に思っていた


だから昶に愛想を尽かされたのだと、嫌われても仕方が無いのだと。せめて昶が自分を必要としなくなるまで、彼の側に居ると決めた



桜吹雪の舞うあの春の日、二人で生きていくと誓ったあの日。小指を絡めて交わした約束を胸に秘めて




















「…ダニエラさん、今月いっぱいでお仕事辞めさせてもらえますか」



店の売り上げを計算していたダニエラは、唐突にそう切り出した柘榴の言葉に酷く驚いた


仕事熱心で客受けも良く、自分も可愛がっている柘榴が、何故辞めたいなどと言い出すのか理解できなかったのだ



「…どうしたの、急に。何か不満でもあるのかしら」


「いえ。ダニエラさんには凄く良くしてもらってるので、不満なんて無いです。ただちょっと、お金が欲しくて」


「お金って…、ならもっとお給料上げてもいいわよ?柘榴ちゃん良く働いてくれるし」


「…いえ。ダニエラさん、あたしの歳気付いてますよね。私文書偽装は結構な罪らしいですよ」


「そんなのっ…」


「今までありがとうございました。…あと少しの間、お世話になります」




模範的に一礼した柘榴はダニエラが引き止めるのも無視して控え室を出て行ってしまう



「柘榴ちゃん、待って…!!」



咄嗟に柘榴の腕を掴んだダニエラに、柘榴は過敏に反応した



「触らないで…!!」



パシンと手を払いダニエラを睨み付ける。今まで優しい柘榴の一面しか見て来なかったダニエラは目を見開いて驚いた



「あたしには、昶だけが居れば良いのよ。貴女なんて要らないわ」



優しさも親切も、全てを拒絶して。まるで自らを昶に縛り付けるように


柘榴は自分の周りから昶以外のものを全て切り捨てていた


自分には昶しか居ないと思い込んで言い聞かせて、いつしかそれが現実になるように


















その頃、学校を早退した昶が部屋のリビングのソファに座り、虚空をじっと睨み付けていた


もっと広い部屋を、と要求し叶った自分の我儘。もう十年近く一緒に生活しているのだから、血の繋がらないあの姉が言いなりになるであろう事くらい分かっていた



しかし、どんどんエスカレートする昶の“反抗期”の理由を柘榴は知らない。ただの思春期特有のものだと思っているのだ


そうではない、と伝えられたら、お互いどんなに楽だろう。長年言えずに溜まり続けている本音は、口にしなければ伝わらないと知っているのに



柘榴の優しさと愛情に甘え溺れきってしまった昶は、今更素直になる術など持ち合わせていなかった





膝を抱える昶の手には、彼名義の貯金通帳がある。最後の欄に印字されているのは、到底中学生が手にできるような金額ではない


柘榴が毎日毎日身を削ってまで稼いでいるお金は、全て昶の口座に振り込まれるようになっていた


本当は、二人で幸せな“家族”で居たかった。二人で生きていこうと誓ったあの日から、お互いがお互いの“1番”だった


それは今でも変わらない。なのに、いつからこんなに苦しくなってしまったのだろう



望んだのは、たった1人愛する人の愛情と温もりだったのに




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あきゅろす。
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