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ルチフェルの泪とサタンの唄声
02



平日はダニエラの花屋で働き、休日はイタリアンレストランでウエイトレス。週7日バイト尽くしな柘榴に、休日というものは存在しなかった


しかも深夜にはコンビニのバイトも掛け持ちしている。休む暇が無ければ寝る暇も無かった



「…ただいま……」



鍵の掛かっていなかったドアノブを回した瞬間、柘榴の胸はわずかだが期待に踊った


柘榴がコンビニのバイトを終えて戻る午前4時過ぎ、昶が家に居る事は珍しい事だ


学校にはちゃんと通っているようだが、この家に帰って来ないのだ。友達の所に行っているならまだしも、近頃危ない連中と関わっていると聞いた



−−昶が無事ならそれで良い。彼が何不自由無く暮らせるように身心削ってまでお金を稼いでいるのだから、彼だけでもまっとうに生きて欲しかった



キィっと軋んだ床にどぎまぎしながら、寝室を覗く。規則正しく上下するベッドの膨らみは、確かにそこに昶が居る事を示していた



「ただいま、昶」



寝ている昶を起こさないように、柘榴は再度呟いた。彼が家に居る事が久々すぎて嬉しかったのだ


そのままリビングに行くと、小さなテーブルの上にはラップの掛かった朝食が。正解には昶の夕食の残りなのだが、柘榴にはそんな事は関係無かった



昶が作ってくれた、その事実だけで胸がいっぱいになる。基本的にはサプリメントのみで済ませてしまうが、時折こうして昶が料理をしてくれた時はそれを食べている


電子レンジの使用音で昶を起こしたくないので、冷たいご飯をそのまま食べる


冷たくなってしまっていても、昶の作った南瓜の煮物は十分美味しかった。残さず綺麗にそれを平らげ、柘榴はシャワーを浴びに向かった



通りがかりにちらっと覗いた寝室では、変わらず昶が良く寝ている



もしかしたら今日は何か良い事があるかもしれない。胸の高鳴りを感じながら、柘榴はバスルームへと消えた




















柘榴がシャワーを終えバスルームから出て来ると、リビングには朝日に照らされ昶が居た


ソファで眠そうに踞っていた昶は、柘榴が出て来た事に気付くと体を起こして柘榴を見つめた


ずっと避けられ続けてた昶が自分を待っていたかのように見え、柘榴は内心喜びと驚きが混ざり合ったような複雑な気持ちだった



「おは、よ…。珍しいね、こんな朝早く起きるの」



昶はいつも柘榴が仕事に出掛ける頃に起き出すのだ。わざとなのかは分からないが、擦れ違ってばかりの生活を繰り返している



「なあ、頼みがあんだけど」



昶の声をこんな間近で聞いたのも久々だった。しかも昶から頼み事なんて、何年ぶりだろう


長く辛かった擦れ違った関係、昶の“反抗期”もようやく終わったのだ、と柘榴は満面の笑みを浮かべた



「うん、どうし…」


「引っ越したい」



柘榴は自分の言葉を遮って告げられた言葉が理解できなくて、戸惑いながら昶に聞き直してしまった


それに面倒臭そうに舌打ちした昶はソファでふんぞり返りながら同じ言葉を繰り返す



「だから、こんな狭い部屋から引っ越したいっつってんの。今時2DKって無いだろ」



そんな昶の態度に、やはりまだ二人の関係は改善されてなかったのか、と柘榴は肩を落とす


もしかしたら自分が1度はっきり叱ってやらなければいけないのかもしれないが、そのせいで昶が帰って来なくなったら。今より酷くなったら、そう考えると柘榴は何もできなかった



「引っ越しって、」


「こんなちっせぇ家じゃダチも呼べないし、何より女も連れ込めねぇし。最低5LDKの物件が良い」


「5LDKって、学校に近い所でそんなの無いよ?」


「多少遠くても良い、今週中に引っ越すから」




昶は知らないのだ。親も保証人も居ない柘榴達が部屋を借りるというのがどれ程大変な事なのか



家賃だって馬鹿にならない。部屋を探す所から始めて今週中に引っ越すなんて、誰もが不可能だと唱えるだろう



実際、柘榴もそんなのは無理だと思った。休む間も無くバイトがあるのに、いつ部屋を見に行けるというのだろう


−−しかし、



「…ん、分かった。じゃあ自分のだけで良いから荷物纏めといてね」



柘榴はにっこりと笑顔で、昶にそう言った


昶がやれと言ったらそれがどんなに実行不可能な事であったとしても柘榴はやるのだ


柘榴が肯定の返事をしたにも関わらず不服そうに舌打ちした昶はそのまま柘榴の前を通り過ぎ出て行こうとした


しかしまだ朝の5時前だ。当然学校に行くにも友達の所に行くにも早すぎる



「昶、どこ行く…」


「触んな!!」



咄嗟に昶の腕を掴んだ柘榴の手を乱暴に振り払う。その嫌悪に満ちた目に射抜かれ、柘榴は無意識の内に1歩下がった



「あ、…ごめ……」



戸惑いと恐怖に染まった柘榴の表情に再度舌打ちした昶は、柘榴に見向きもせずに出て行った


−−“危ない連中”の所に行くのだろうか。どっと疲れを感じた柘榴は、髪を乾かすのもそこそこに、ソファに身を沈めた



起きたらそこに、昶が居る事を祈って




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