ルチフェルの泪とサタンの唄声
13
−−この世界は、あたしにとって地獄のようなものだった
彼の為だけに生きていたあたしの命は、彼の一言であっさりと幕を降ろした
それが悲しいなんて、虚しい一生だったなんて思わなかった。彼があたしの全てだったから
死にたかったわけじゃない、生きる事が嫌になったわけでもない。ただ、生きる価値と意味を失っただけ
「その面、二度と俺に見せんじゃねぇ!!」
その言葉に心臓を貫かれた瞬間、あたしは笑ったのを今でも鮮明に覚えている
彼と共に生きる事が、あたしの喜びだった。しかしそれと同時に、彼と生きる事が苦痛となっていたのも事実だった
彼に尽くして尽くして彼の為だけに生きてそれが間違ってるなんて、あたしは思わなかったけど。人々はいつでもそれを否定した
「柘榴、」
たまに見せる、彼の笑顔が好きだった
ちょっとした仕草に含まれる、然り気無い気遣いが愛しかった
例えどんなに虐げられ罵られていても、あたしが死んだその時に、彼が一抹の後悔を抱いてくれれば良いと。あたしが居た頃の方が良かったと一瞬でも思ってくれれば良いと
そんな歪んだ感情であったとしても、人はそれを愛と言うのだろうか
柘榴が引き金を引いて弾かれた弾丸は、銃口が向けられていた柘榴のこめかみにではなく壁にのめり込んで止まった
「……そこまでだ」
カリオンが持っていた銃は床に落ち、そして彼自身も地に臥せていた
「…カリオン?」
ルナリアが呆然と呟く。まるで、目の前の光景が信じられない、とでも言うように
−−倒れたカリオンから広がるアカは、誰からも見える程に拡大していた
「リボーン、まさかお前…」
捕まったフリをして、相手を殺すチャンスを伺っていたのだろうか。柘榴の命を、危険に晒してまで
柘榴が引き金を引いた瞬間、それまで沈黙を保っていたリボーンが覚醒したのだ
懐に隠していた銃を素早く抜き、柘榴の持つ銃を弾き飛ばし続けざまにカリオンの顎下から脳髄に掛けてを撃ち抜く。カリオンは、即死だった
「…ったく…、くだらねぇ茶番に付き合わせやがって」
そう悪態を吐いたリボーンは、カリオンの死体を踏み越えてルナリアの近くまで歩み寄った
銃を突き付けられたわけではないが、ルナリアはリボーンの影が己に落ちた瞬間大きく身を震わせる
そんなルナリアに、リボーンは無表情に告げた
「残念だったな、ルナリア・フォルトナート。こいつは身も心も魂までも、ボンゴレの所有物[モノ]なんだよ。
てめーが弟を差し出そうが部下を見殺しにしようが、こいつはボンゴレの元にある」
冷ややかにそう告げたリボーンの手には、いつだったか柘榴がサインした“誓約書”があった
それは本来ならツナの管理下にあるべきであり、実際ツナは己の死ぬ気の炎でなければ開けられない金庫にしまっておいたはずだった
それを何故リボーンが、それをツナが口にする前に、リボーンの方が早く口を開いた
「てめーがオレの教え子なら、今頃跳び蹴りの一発でもくらわせてる所だ。我慢強い部下に感謝する事だな」
「…何の、話だ」
「はっ、本当に知らなかったのかよ。めでたいヤツだな。
あいつはてめーを守る為にオレとの取引に応じたんだ。最期はオレに殺されると分かりながら、あいつはてめーが生きていればそれで良いと言った。
…そんな良くできた部下を持ちながら、自分の事しか考えてねーてめーなんか、生きる資格はねーよな」
ルナリアの目の前に仁王立ちしたリボーンがその照準をルナリアの眉間へと向ける。プロの殺し屋の本物の殺気を肌で感じたルナリアは、拘束された体が恐怖で震えるのを感じた
山本が調べたトーポが行っていると思われた人身売買と麻薬の密輸。これはルナリアの“コレクション”を隠す為にカリオンが試行錯誤した隠蔽工作だった
柘榴が連れて行かれたあの回廊にあったコレクションの殆[ホト]んどが盗品で、それを仕入れる際に“麻薬”であると噂を流した
そうすれば人々は蕀城に近付かないし、警察も一介のマフィアともなればそう簡単に手は出せない。例え弱小マフィアであったとしても、だ
そしてルナリアが美しいと認め人形にされてしまった人間の痕跡を誤魔化す為に、人身売買に携わっているフリをして彼らの行方を眩ませていた
そんなカリオンの努力を、ルナリアはリボーンの口から聞くまで知らなかった
立派な忠誠心と褒め称えるだけでは足りない、良く尽くしてくれたと感謝するだけでは終われない、今はもう亡き優秀な部下を思いルナリアは静かに俯いた
時折、カリオンが何か言いたそうに自分を見る事があった。あれはきっと、もう止めようと言いたくていつまでも言い出せなかったのだろう
何人もの仲間を犠牲にし、自分は何をしていたのだろう。ようやく自分の行いを恥じ現実を見たルナリアは、固まり始めたアカに額を付け、何度も何度も謝罪の言葉を繰り返した
そんなルナリアを、リボーンに銃を弾かれた反動で尻餅をついたままぼうっと眺めていた柘榴は、未だ震える自分の手を見つめ力が入らないまま握り拳を作った
−−柘榴にとって、この世界は地獄と同じだった
彼の為に生き彼の為に死んだ柘榴は、この世界でもう一度やり直すつもりは毛頭無かった
今更誰かに愛される事を望んでなんかいない。今更誰かと支え合い助け合い生きる事なんて求めていない
だから笑う事も無かったし、そもそも感情なんてモノも必要無かった
それなのに、いつからだろう。彼らと共に過ごす時間が、楽しいと感じていたのは
無表情の下にある本心が、外に出たいと厚い殻を内側から壊そうとしているのは
それはまるでサリドマイドのように、柘榴を“ボンゴレ”に依存させようとしていた
“彼”を中心に回っていた柘榴の世界は、いつしか“ボンゴレ”に吸い寄せされていたのだ
−−このままではいけない、と柘榴は巨大な不安と焦燥を抱いていた
自分が必要とするのは“彼”であって“彼ら”ではない。“彼ら”であってはいけないのだ
それがあたかも“彼”に対する裏切り行為であるかのように、柘榴はそれを恐れていた
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