ルチフェルの泪とサタンの唄声
11
「…くそっ……!!」
ルナリアの美しい容貌に到底不釣り合いな醜い言葉を柘榴は聞いた
「貴様らが柘榴を再び手元に置いて、それで柘榴が幸せになれるとでも思っているのか…?完璧な警護もできず、傷付ける事しかできない貴様らが…!?」
気にしていた杞憂をルナリアに咎められ、ツナは内心酷く動揺した
柘榴は自分達の側に居ると言ってくれた。しかしどう立ち回ってもこうして柘榴を危険に晒してしまうのだ
守れない、護りきれないと歯痒い思いをしているのは守護者達も同様。痛い所を突かれ、握る暗器に力を込める
「貴様らに柘榴は勿体無い。私の様に“美しい”人間が柘榴を護るべきだ。
…どうせ貴様らは柘榴の前で私を殺せないだろう。この状態で私を殺せば、少なからず柘榴にも血飛沫が掛かる。貴様らがそれに耐えられるはずがない。
……さあ、そこを退け。貴様ら如きに柘榴はやらん」
核心的なルナリアの言葉にツナナ達は言い返す事もできず、ただ歯軋りした
ルナリアの言う通り、柘榴の目の前で人を殺せるはずが無かった。己の醜い部分をさらけ出して、拒否されない自信が無い
「…貴方の、トーポの事を調べました。随分お仲間が少ないようですね。
あの日屋敷に侵入した男、そして仲居に化けた女2人、そしてカリオンという部下。貴方を含めたった5人で数々の悪行を成して来た事は感服します。
…しかし、人間を人形にするという趣味は如何なものかと思いますよ。柘榴は、生きているからこそ“美しい”のです」
実力行使が通用しないと判断した骸は、得意のネゴシエーションでルナリアを説得しようと試みた
「貴方にだってそれが分からないわけじゃないでしょう。柘榴の時を止めてしまえば、確かに今現在の美しさは維持できるかもしれません。しかし今以上の柘榴を見る事は叶わないのですよ」
「…何を言っても無駄だぞ。柘榴を渡すつもりは無い。柘榴の代わりは、既に貴様らに払っただろう」
「…なんだって?」
「貴様らがあの日殺した男、−−フェーヴは、私の弟だ」
−−くらり。柘榴の中で、何かが揺れた
「私は柘榴を手に入れる代わりにたった1人の家族であるフェーヴを貴様らにくれてやった。
どうせ柘榴を替えの利く使用人程度しか思ってないのだろう?どうしてそこまで執着…」
「…ねぇ」
饒舌に語っていたルナリアの言葉を、柘榴の低い声が遮った。その表情は俯いていてツナからは見えなかったが、いつもの無表情ではない事だけは伺えた
「貴方、弟を、殺したの…?私の代わりに、自分の私利私欲の為に?」
「…そういう言い方はしないで欲しいな。致し方の無い犠牲だったのだよ」
「ふざけないで。貴方、何様のつもり?」
それは、柘榴の静かなる怒りだった。ツナ達が初めて見る、突き付けられた銃にも臆さないその剣幕にツナまでもが閉口し耳を傾ける
柘榴は何に対して起こっているのか。それはきっと、
「たった1人の家族なら、どうして見殺しにしたりできるの。どうして赤の他人と引き換えにできるなんて思えるの。
貴方は、自分の命に代えても弟を守らなきゃいけなかったんじゃないの?」
「…残念だが柘榴、フェーヴは私の弟にしては“美しさ”が欠けていた。私が愛するに足らなかっただけの話だ」
ぬけぬけと言ってのけたルナリアに、とうとう柘榴の中で何かが音を立てて切れた
「…恥を知りなさい」
ルナリアにされるがまま拘束されていた柘榴は思いっきりルナリアの足をピンヒールで踏みつけた
背後から羽交い締めにされた場合、狙える急所は足の甲だけなのだ
肉も少なく骨を直打されたルナリアは、小さく呻いてその拘束を弱めた
−−チャンスだ、とばかりに柘榴は向けられていた拳銃を押さえ付け、右手を大きく振りかぶった
パアン、派手な音を立てて、柘榴はルナリアの頬を平手打つ
まさか柘榴に殴られるとは思ってもみなかったのだろう。目を見開いたルナリアはそのまま壁伝いにずるずると座り込んだ
「…貴方、結局人の外見しか見てないのね。貴方の弟が可哀想だわ」
ルナリアの銃は、柘榴が手にしていた
柘榴のあまりの迫力にツナ達はしばし呆然としていたが、はっと覚醒しルナリアを取り押さえた
頬を打たれたルナリアは茫然自失になっているのか、抵抗せずに両手を獄寺に縛られる
虚空を見ていたルナリアの瞳が、腕を組み自分を見下ろす柘榴を映した
「…痛い?痛いでしょうね、あたしの手も痛いもの。でも、弟の痛みはこんなものじゃなかったはずよ。
兄に見捨てられて自ら命を絶たなきゃならなかった弟の気持ち、貴方に分かる?どうせそこまで考えてないんでしょうけど、…牢屋の中で、たっぷり反省しなさい」
ルナリアを雲雀と獄寺が無理矢理立たせ、力無く項垂れる体を引き摺る
「……柘榴、」
何かに縋るように、ルナリアが柘榴の名を呼んだ
ぴくりとそれに反応したのは柘榴以外の5人。既に収めた武器に触れ、ルナリアの動向を伺う
しかし当の柘榴は真正面からルナリアを睨み付け、冷ややかに言い放った
「…貴方なんかに、あたしは勿体無いわ」
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