ルチフェルの泪とサタンの唄声
10
ドオォンと城全体が大きく揺れ、ルナリアは柘榴を掴んでいた腕を否応なしに放してしまった
床に手を付いた柘榴はここぞとばかりにルナリアから距離を取り、何事だと辺りを見渡す
地震にしては細かな揺れが少なく、大きな衝撃のみで終わってしまった
「……っカリオン!!何事だ!!」
折角柘榴を人形にするチャンスだったのに、とルナリアは綺麗な顔に似合わず舌打ちをした
すぐさま駆け付けたカリオンは、主の無事を確認すると窓の外を見るように促した
「…トラック?」
城の入口を見事に壊して突っ込んでいるのは、見た事も無いトラックだった。しかも無意味にライトや銀装飾が足されデコレーションされている
窓の死角からその様子を伺っていた柘榴は、潰れたはずの運転席から無傷で降り立った銀色を見た
「…獄寺さん……?」
それは小さな声だったが、その呟きを聞き漏らさなかったルナリアはさっと顔色を青ざめさせる
ボンゴレ幹部の名を知らないはずがない。ましてや彼らが大事にしている柘榴という人質が、今ルナリアの手元にあるのだ
−−取り戻しに来たのだ、そう確信したルナリアは、目を見開いて窓の外を見下ろしていた柘榴の手首を無理矢理引っ張った
「いたっ…」
「…来い」
ルナリアとて伊達にマフィアのボスを担っているわけではない。あのボンゴレと正面から喧嘩して勝てる可能性など皆無だと分かっている
しかし、そう易々と柘榴を返すつもりは無かった。苦労して手に入れた最高の宝、彼らには勿体無い
「放しなさいよっ…!!」
ルナリアの手に爪を立て柘榴は必死に抵抗を見せるが、男であるルナリアの力に敵うはずもなく
ずるずると部屋の奥のクローゼットの前へと引き摺られてしまった
片手で柘榴の手首を掴んだまま扉を開け、底板を外す。しかしその下にはそこに本来あるべき床は無く、暗い穴だけが広がっていた
そのわずかな穴から立ち上る冷気に、柘榴は背筋を震えさせる。本格的にヤバい、頭の中で警鐘が鳴る
「…この穴はあの地下室に繋がっている。柘榴は中に居なさい」
「馬鹿言わないで、あたしは貴方の物になんてならないわ!!」
「君への対価は既にボンゴレに支払ってある。素直に言う事を訊きなさい」
「ふざけないで、なんで貴方なんかの」
「……ボンゴレ如きに、柘榴は勿体無い」
「…へ−え。それ、どういう意味?」
部屋の入口から聞こえた、静かな怒りに満ちた声に柘榴とルナリアの肩が揺れる。柘榴は期待で、ルナリアは驚愕と恐怖で顔色を変えた
「ツナさん…!!」
「…その手を離せ、ルナリア・フォルトナート。大人しくに柘榴を返すなら、命だけは助けてやる」
ツナに山本、トラックで入口を大破させた獄寺が各々獲物を手に立っている
その表情は酷く険しい物で、明らかな怒りと苛立ちを示していた
「…随分無礼な客だな。ノックも無しに入るなんて」
「残念だけど、俺らは招かれざる客だから。礼儀なんて必要無いだろ?」
ツナが1歩、近付く。それに素早く反応したルナリアは、傍らの柘榴の首に腕を回し顎下に拳銃を突き付けた
「…それ以上近付くな。柘榴を死なせたくないんだろう?」
柘榴は自分のすぐ後ろで聞こえた声の、その低さに身震いした
ルナリアから感じるのは無垢な怒り。自分の計画を邪魔された、自分の所有物に手を出された事に対する、荒々しい感情だ
ルナリアは柘榴を背後から羽交い締めにしたまま、じりじりと後退し始めた
ツナ達は柘榴に銃を突き付けられているので、唇を噛み締めながらも黙ってそれを見ているしかない
ルナリアはゆっくり、だが確実に窓へと向かっている
彼は開かずの窓の唯一の開け方を知っているのだ。そこ以外に脱出する術が無い今、これを使わない手は無い
トンッ、とルナリアの背が壁に到達した時、
−−ガッシャーン!!!!
「きゃあっ!?」
轟音と共に、ルナリアと柘榴の両側の窓硝子が割れ、二つの影が舞い込んだ
ルナリアに羽交い締めにされつつも己の身を守るように目を瞑った柘榴は、全く動かなくなったルナリアを不審に思いそっと目を開く
「骸さん、雲雀さん…」
ルナリアは左右両方向から首筋に凶器を当てられ、成す術も無く硬直していた
骸が向ける三叉槍に至っては、怒りのせいかわずかに皮膚を裂き出血させている
「内から開けられないのなら、外から破れば良いだけの事。姑息な真似だね」
「君の敗けだ。柘榴を解放しろ」
正面にはツナ・山本・獄寺が。右には骸、左には雲雀。そして背後は分厚い壁に阻[ハバ]まれている
ルナリアの敗北は、確定したかのように思われた
《†front†》《†next†》
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