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ルチフェルの泪とサタンの唄声
09



「…カリオン、今までどこに居た?」



柘榴に迫力負けしたカリオンは歯軋りしながら自室へと戻り、ドアの死角に凭れていたルナリアの声に肩を揺らした


手にした銃が冷や汗で滑る。背後からひしひしと感じる殺気に、カリオンは振り向けない



「…それは何だ、私の許可無く持ち出す事は許さないと言ったはずだが」



腕組みをしたルナリアは冷ややかに言い放つ。彼は自分の美学に則[ノット]っていなければ殺人は許さないのだ


それ故に部下に銃の携帯を許可していないし、無意味な殺生を酷く嫌っている


その矛先が今1番大切にしている柘榴に向けられたとあって、ルナリアの怒りは頂点に達していた



「私がいつこんな事を頼んだ?いつこんな命令を出した?お前は私の指示に従っていれば良い、勝手な行動をするな」



鋭く吐き捨てたルナリアはスーツの裾を翻して部屋から出て行った


その間カリオンがルナリアを見返す事はできず、バタンとドアが閉じた瞬間、大きく息を吐いた



ルナリアに付き従ってもう随分になるが、未だに彼のこういった一面には慣れられない。部下だろうが部外者だろうが、彼の美学に反する者は排除されるのだ


そんな主の底知れぬ恐怖を今更ながらに再確認し、カリオンは手にしていた銃を引き出しの中へと隠した



何十年という長い月日をルナリアと共に過ごしているのに、未だに言えない本音と共に
























コンコン、と扉を小さくノックされ、柘榴は窓の外へと向けていた意識をそちらへと向けた


ここに軟禁されてから初めてまともにノックされた事への驚きと、ならばその相手は誰だろうという疑問


ルナリアにしろカリオンにしろ、柘榴が注意したところで彼らは聞きそうにないというのに





「…ああ、起きてたのか」



柘榴がいつまで経っても返事をしないので寝てるとでも勘違いしたのか、扉をわずかに開けてルナリアが姿を現した


入れ替わり立ち替わり誰かが部屋に訪れていて、正直柘榴は気が休まる暇が無い



「…何かご用?」


「用が無ければいけないかな。と言っても今回は、先程のカリオンの行動を謝りに来たのだが」



そう言うルナリアの手には真っ白に塗られたショートケーキが。しかもホールで大振りで真っ赤な苺が乗っている



「…甘い物で釣ろうったってそうはいかないわよ」


「ははっ、そんなつもりは無いよ。ただ、そろそろ小腹が空く頃だと思ってね」



食べないのかい、とルナリアがケーキを持ち上げてみせると、うっと言葉に詰まった柘榴は渋々ながらもテーブルにつく


こちらに来てからこういった甘味と縁が無かったが、柘榴とてれっきとした女性だ。甘い物は好物だった



「好きなだけ食べると良い。残ったら私が頂くよ」



綺麗にカットされたケーキを目の前に差し出され、銀色に光るフォークを片手に柘榴はしばし固まった



ここで簡単に食べてしまって大丈夫なのだろうか。もし万が一毒でも入っていたら、もし万が一何かしらの罠だったとしたら



ちらっとルナリアの顔色を伺った柘榴は、手元にあった小皿をルナリアへと突き返した



「貴方が先に食べて。そしたらあたしももらうわ」



皿と同じ用にシルバーもルナリアへと差し出し、柘榴はその動向を見守った


ここでルナリアが素直に食べれば良し。もし少しでも渋る様子を見せたら決して食べないと決めた



「おやおや、お姫様は猜疑心が強いねぇ…」



眉を寄せて苦笑したルナリアは、大人しくフォークを受け取り躊躇い無くケーキに突き刺す


そのまま口に放り込み、もぐもぐと何度か咀嚼してあっさり飲み込んでしまった



「さて、これで信じてもらえたかな。一流のパティスリーから柘榴の為に取り寄せたんだよ。さあ、食べてくれるだろう?」



柘榴はてっきりルナリアが皿とフォークを渡してくれるものと思っていたのだが、どうやら考えが甘かったらしい


ルナリアは再度フォークでケーキを小さく切り取り、あろうことかそれを柘榴に差し出したのだ


平たく言えば、迷惑なカップルがしそうな、『あーん』の一歩手前なわけで



「……自分で食べれるわ」


「さっき私をまた“貴方”呼ばわりしただろう?お仕置きだよ」



クスクスと楽しそうに笑うルナリアに柘榴を許すつもりは無いらしい。仕方が無いので柘榴は素直に口を開け、そのケーキを受け入れた



「美味しいかい?」


「…自分で食べればもっと美味しいと思うわ」



ツナ達なら呆れるか反撃しそうな柘榴の嫌味を、ルナリアは笑う事で流していた


このルナリアの態度が柘榴は気にくわない。これではまるで、子供をあしらう親のようだ



「…それ、何?」



ふと柘榴はルナリアの傍らに置かれた銀色の小さなケースに気付いた


財布にしては大き過ぎるし、鞄にしては小さ過ぎる。鉄製と思われるそれは、柘榴が手を伸ばしてもぎりぎり届かない位置にあった



「……気になるかい?まだ柘榴は知らない方が良いと思うけどね」



そう言われてしまえば柘榴が意地を張らないはずがない。先程からのルナリアの態度への当て付けの様に、柘榴は素早く銀色のケースを掴んだ


知らない方が良い、と言ったルナリアは止めるかと思いきや、ただ柘榴を見守っている



それに更に腹を立てた柘榴は、徐にケースの蓋を開けた



「…これ、」



そこに入っていたのは注射器と小瓶に入った透明な液体。ゾクッと、柘榴の背筋を悪寒が走った





「−−阿片[アヘン]の濃縮液だよ。本来の10倍以上の濃度がある。致死量も十分だ。


…カリオンが君を傷付ける前に、美しいまま君の時を止めてしまおうと思ってね」





背後に迫っていたルナリアの存在に気付かず、柘榴は羽交い締めにされてからようやく我に返った



「怖がる事は無いよ。痛みも苦しみも感じる間も無く、君は僕の物になる。…君には苦しみに悶える様は似合わない、一瞬で天国に逝かせてあげるよ」



ルナリアの手が、柘榴の細い腕と腰に回り体を固定した


逃げなければ、そう柘榴が思った時には、ルナリアに掴まれた腕に鋭い痛みが走った後だった




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あきゅろす。
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