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ルチフェルの泪とサタンの唄声
07



柘榴は最初にルナリアに案内されたあの豪華な部屋に連れて来られ、再度軟禁されてしまった


面白い物は特に無いので暇を持て余してしまう。本棚に並べられた本は異国語で読解不可能だし、柘榴が向こうの世界で趣味としてやっていた刺繍や音楽の類はこの部屋には無いらしい



既にサイズが分からない大きなベッドに仰向けに寝転がり、風も無いのに揺れる天蓋の白いレースを眺める



廊下へと続くドアは外から頑丈な鍵が掛けられている。その鍵は恐らくルナリアが持っているはずなので、柘榴にこのドアを破るのは難しかった



寝室やリビング等の部屋にある窓も嵌め込み式でこれも開かない。割って脱出しようかと試みたが、特殊構造なのか防弾なのか、とにかく柘榴が力一杯椅子をぶつけてみてもビクともしなかった



映画やドラマの主人公のように換気口から格好良く抜け出してみるのも良いかもしれないと思ったのだが、残念な事に柘榴が通れる大きさのある通気口が無かった




斯くして柘榴は仕方が無く部屋で大人しくしている。ツナ達とコンタクトを取れない以上迂濶に動いて擦れ違いになる事は避けなければならなかった


もし1人で上手く逃げられたとしても、ツナ達と合流できなければ再度ルナリアに捕まる可能性もあるのだ




−−何としてでも、柘榴はここから逃げなければならなかった。ルナリアのコレクションになってやるつもりは毛頭無いし、その必要性すら感じない



柘榴とて自分に対する美意識は若干異常さを孕んだものだった。極端に肌を傷付けられる事を嫌い、朝晩の手入れはどんなに疲れていたとしても欠かした事は無い



それは柘榴の過去が形成した癖のようなものだ。柘榴が“柘榴”として生きる為の柱であり糧[カテ]でもある



自分の性格は決して良いとは言えないと自負している柘榴が、しかし世の中を思い通りに動かすにはどうしてもそれが必要だった



自分のルックスを武器に、人を騙した事もあった。見た目だけで自分を好きだとほざく男を利用した事もあった


だからこそ、柘榴は何よりも自分の外面的な“美しさ”には強い執着心がある


難しい事ではなく、親は居ないのに弟を育てなければならなかった幼き頃の柘榴が見付けた手段が、たまたま自分の美しさを利用する事だったのだ



−−今でもそれは変わっていない。大概の男なら軽く誘えば何でも言う事を聞くし、柘榴に言い寄られて悪い気はしないはずだ



柘榴はそれを良く知っている。利用できるものは何でも利用して生きて来たのだ。子供も大人も男も女も、自分も、ツナ達でさえも




今更それが汚いとは思わなかった。何故なら柘榴はそれ以外の生き方を誰にも教わらなかったし学ばなかった



他人は信用しないしできないし、相手だって自分を信じるはずがないのだ。…柘榴が信じないのだから



柘榴は誰も信じない。誰も柘榴を信じない。今までずっとそうだった、これからもそれは変わらない






それで良いと覚悟したはずだった。10年前のあの春の日、たった1人の家族を守る為に身を削ってでも生きると



−−しかし、この世界にその“家族”は居ない。今までずっと柘榴を支え続けて来た“弟”の存在はあまりにも大き過ぎて、柘榴は出口の見えない迷路へと入り込んでしまった気分だった



自分の為に生きる方法なんて知らない。今更彼以外の人間と共に生きる事なんてできなかった



「……あたし、なんでここに居るんだろ…」



ツナ達と共に生活して、既に1ヶ月程が経過している



様々な出来事がありそれを彼らと乗り越えていくうちに、彼らが居る事が当たり前となっていた。彼らと共に居る事が自然になっていた



柘榴はそんな自分が許せなかった。こんな、彼を裏切るような真似を、まさか自分がするとは思ってもみなかったのだ





甘え過ぎていたのかもしれない。気が弛んでいたのかもしれない


目尻から落ちた雫に気付かぬフリをして、柘榴はギリッと唇を噛み締めた


天蓋を見つめる柘榴の目が変わった。睨むようなその眼光は、その先にある何かを射殺そうとしているかのようだった



その何かは、柘榴しか知らない永遠の真実


それをツナ達が知るのも、きっとそう遠くない未来で、




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あきゅろす。
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