ルチフェルの泪とサタンの唄声
06
この中にある物を好きなだけ譲ると言われ、柘榴は部屋中を自由に歩き回っていた
ルナリアは今ここに居ない。柘榴の反応に気を良くしたのか、やらなければならない事があるのか、ご丁寧にも外から鍵を掛けて出て行った
どうやら柘榴の演技に騙されてくれたようだが、残念な事に信用はしていないらしい。馬鹿な男かと思えば意外と考えているようだった
いくらこの宝物を手にしていたとしても、ルナリアは柘榴を自由にするつもりはないはずだ。だったらこんな物に価値は無いのに、と柘榴は小さく息を吐いた
取り敢えずやる事も無いので決して狭くないその部屋を見て歩く
日本刀や絵画、彫刻まで揃うその宝物庫は、世界中の宝を凝縮して集めたかのようだ。確かに高そうな物ばかりだな、と柘榴は一点の曇も無い水晶体を見て思った
次に壁に掛けられた薄暗い絵を眺めた柘榴は、不意にその絵が奇妙に傾いている事に気付いた
紐で吊るされているなら左右のバランスが崩れて傾くのも理解できるが、この廻廊の絵は額の裏にある溝と壁に打ち付けられた突起を噛み合わせる事で宙に浮いている
この状態で傾くのは明らかに不自然ではないか、と思った柘榴は徐[オモムロ]にその額に手を掛けた
そのままそっと持ち上げ壁から外す。大きな物音を立てずに外れたそれを優しく床に置いた
わざわざこうして隠してあるからには、何か相当値打ちのあるものが仕舞ってあるのでは、と思ったのだ
しかし、壁にあるのは1つのスイッチのような物だけだった。じっと凝視してみても純金製なわけでもダイヤが嵌め込まれているわけでもなさそうだ
つまらない、と目を逸らした柘榴は、しかしもう1度そのスイッチに目をやった
そこにスイッチがあれば押してみたくなるのが人間の性[サガ]だ。触るな、と書いてあれば触りたくなるのと同じように
人差し指でポチッと押してみると、
「……ッ!?」
ガコン、と機械が動く音が足元から聞こえ、途端に床が横へスライドし始める
壁際に吸い込まれるように足場が消えていき、わっと飛び退いた柘榴はぽっかり空いた穴に階段らしき物が隠れていた事に気付いた
段差の影になった部分のみに薄くライトが付いていて、点々と拙[ツタナ]い灯りが点在している
思わぬ事で隠し部屋を発見してしまった柘榴は、にっと笑い地下へと降りた
その暗闇の中にある物を臆しもせず、柘榴は階段に足を掛ける
足音を立てない様に意識していてもヒールが石段を打ち付ける音が辺りに木霊する
数十段降りた所で、柘榴は足を止めた。何やら大きな扉に行き当たったのだ
しばらく考えを巡らしドアノブの無いそれをぐっと押す。土煙を上げて開いた扉の中は、階段と同様に薄暗いのかと思ったが意外に電光灯の明かりが煌々と輝いていた
暗闇に慣れていた柘榴は眩しさにしばらく瞑目した
再びそっと目を開けてみてもやはりその明かるさは強過ぎたらしい。目を細めて中を見渡した柘榴は、等身大の人間が硝子ケースに飾られているのを見て目を見開いた
「何、これ……」
華やかな衣装を纏った女性、騎士に扮装した男性、小綺麗に着飾り照れ臭そうに笑う少年、手を繋ぎ幸せそうに微笑む老夫婦
まるでつい先程まで生きていたかのような、もしくは仮死状態に陥っているかのような彼らはリアリティに富んでいた
瞳だけが不気味な輝きを放っていて、それが硝子玉でできている事を教えてくれる
−−これもルナリアの“コレクション”なのだろうか。どうでも良いが正直良い趣味だとは言い兼ねると柘榴は思った
蝋人形なのか傀儡なのかは分からないが、1つ1つが見事な造りだった
本物の人間の時を止めそのまま固めたと言っても通用するかもしれない。そのあまりの出来栄えに柘榴はわずかに身震いした
「……気持ち悪い」
動かぬ人間にひたすら見つめられている事に気分を悪くした柘榴は、上階の宝物庫へと戻ろうとする
しかし、
「−−“綺麗”だろう?ここまで集めるのに苦労したよ」
地下の入口にはカリオンを従えたルナリアが怪しい笑みと共に立ち塞がっていた
「柘榴なら簡単にここを見付けられると思っていたよ。私の期待通り見た目だけでなく中身も美しいようだ」
かさり、と柘榴の髪に刺さっていた青薔薇が落ちた
・・
「彼らは生前、とびきり美しい人間でね。彼らを買うのは大変だったよ」
そう言って微笑むルナリアの顔は、美しいのに歪んでいた。柘榴は、この種類の“歪み”を知っている
「…貴方、この人達を殺したの?」
「“ルナリア”だと何度言ったら分かるのかな、…次は無いよ。
私は人を殺した事は無いと言ったはずだ。彼らを殺したのはカリオンだよ。と言っても私の指示でね」
柘榴は瞬時に辺りを見回し、窓などの逃げ道が無い事に内心舌打ちする。目の前には男が二人。柘榴に勝ち目は無い
「…あたしもこの人達みたいに殺すの?」
「いつか、はね。柘榴の美しさも永遠に私の物にするんだよ。
…しかし君はすぐに人形にしてしまうにはあまりにも惜しい。しばらくは鑑賞して楽しむつもりさ」
柘榴は自分を人間扱いしていないようなルナリアの発言に眉を潜める
「…さあ、もう良いだろう?こっちにおいで」
有無を言わせぬ態度のルナリアに、柘榴は黙って従う他無かった
最後に横目で見た今は動かぬ人間達は、いつまでも柘榴を笑顔で見つめていた
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