ルチフェルの泪とサタンの唄声
05
蕀城の窓から顔を出したのは、確かに柘榴だった。白いタイトなドレスを身に纏いこちらを凝視していても、柘榴を他人と見間違えるはずが無い
身体を拘束されているわけではなさそうだが、しかしわずかに垣間見えた男の腕はまるでツナから柘榴を遠ざけるかのように柘榴を抱き寄せた
仮住まい用に借りたホテルへと車で向かう途中、ツナはギリッと奥歯を噛み締めた
柘榴を容易く奪われた事が悔しい。守りきれなかった自分が情けない
腹の奥底で燻[クス]る苦い感情を消化できず、ツナは静かに大きく息を吐いた
ここで自分がアツくなってしまえば、相手の思う壺だ。冷静に、正しい答えを導き出さなければならない
先程送られて来たメールに添付されていた写真と隠されたメッセージ。窓から見えたのは確かに柘榴だったので、あの写真は誘拐された当初に撮られた物らしい
しかし、あのメッセージに込められた今回の騒動の動機に気付き始めたツナは、下すべき答えは分かっているのにそれを口にする事もできず唇を噛んだ
王子様は恐らく自分達幹部を示していて、誰がどう足掻いても柘榴を助け出す事は不可能だと
短剣で心臓を抉り取れ、とは要するに柘榴と引き換えに誰かの首を差し出せと言いたいのだろう
別にツナでなくとも、柘榴の命1つと釣り合うと自分達で判断した幹部を1人生け贄にしろ、と
柘榴が助かるのであれば、ツナも雲雀も骸も喜んで己の命を捧げるつもりだった
自分の居ない未来に、それでも柘榴が生き続けるならそれで良い。−−しかし、車列の最後尾に着けているあの最強ヒットマンは、それを許しはしないだろう
柘榴を毛嫌いしているはずの彼がここに居るのは、恐らくツナ達が愚かな行動に出るのを食い止める為なのだ
出発前に垣間見た限界まで弾を込められた愛銃と、普段は決して持ち歩かない予備の弾倉がそれを物語っている
きっとリボーンは、柘榴を撃ってでもツナ達を“護ろう”とするだろう
お互い信念は10年前と変わらない。何よりもファミリーを思いファミリーと共にファミリーの為に生きる
−−その“ファミリー”にどこまでを入れるか、その範疇を決める境界線が大きく異なるだけで
「…山本、急いで。今日中にケリを着けるよ」
「凄いだろう?私のコレクションさ」
ルナリアが柘榴を連れて来たのは、宝物庫のような部屋だった
青い薔薇のドライフラワーや細かな細工が施された硝子の飾り、背丈の軽く越える程の美しいオブジェの数々
キラキラ輝くルナリアの宝達に柘榴は言葉を失い見惚れた
「凄い、綺麗…」
「だろう?君なら分かってくれると思っていたよ」
柘榴の反応を見て満足そうに微笑んだルナリアは、花瓶に沢山飾られていた青薔薇を1輪抜き取って茎を短く折り、柘榴の髪に刺す
そのままさらさらの髪を優しく鋤き、くしゃっと髪に指を絡める
「−−私は美しい物が好きでね、こういった美しい物は金に糸目を付けないのが少々困りりものさ。
私はボンゴレと同じマフィアをやっているが己の手で人を殺した事すら無い。
−−ねぇ柘榴。美しい君には彼らとは違う、君に釣り合うのは私だと思わないかい?」
髪を撫でていた手はいつの間にか柘榴の白い頬へと移り、そのまま口元、首筋へと滑る
何やら怪しげな雰囲気になってしまった事を警戒した柘榴は無意識の内に1歩後ろへと下がった。しかし、高いヒールが箱のような物に阻まれて退路を絶たれてしまう
背後には乗り越えられそうにない障害物。目の前には薄ら笑いを浮かべて少しずつ近づくルナリア
柘榴はこの部屋に来るまでに誰とも擦れ違わなかった事を今更ながら思い出した。これだけ大きな城で、しかもマフィアだというのに自分達以外の人間が居ないのは明らかに不自然だ
ルナリアが手回ししていたのか、それとも元よりファミリーが少ないのか。その答えを柘榴が1人で見付けるのは難しかったが、そんな事よりも今ここから脱出する事が先決だった
−−助けは来ない。叫んでも誰にも届かない。ならば、
「……あたし、高いわよ?」
自分の力で、出し抜くしかないと、柘榴は知っていた
甘えは許されない。命乞いをする程醜くはなれない。助けは、来ない
柘榴はルベリアの首に自ら腕を絡め、にっこりと微笑んだ
それはさながら、どこかの女優のように。ツナ達には見せた事の無い完璧な笑顔で
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