ルチフェルの泪とサタンの唄声
04
湯槽から立ち込める湯気にアルコールが若干含まれていたのか、わずかに心地好くなってしまった柘榴はふらふらとバスルームから出た
決して酒に弱いわけではない。むしろ強い方なのだが、ゆっくり浸かりすぎたせいだろうか
誘拐されたにも関わらず悠長な事をと思われるかもしれないが、生憎柘榴はこの程度の事で動じる程小者ではない
わずかな時間顔を合わせただけだが、あのルナリアという男に裏や悪意があるとは思えなかったのだ
それよりも危険視すべきはカリオンだろう。柘榴を見る目は確かに憎悪を含んでいた
大事な仲間が死んだとなれば誰かを恨まずには居られないのかもしれない。しかし、これは
「……逆恨みよね」
仲間は被害者であって恨まれる理由は欠片も無い。むしろ多大な被害を被[コウム]ったのだから謝って欲しいくらいだ
ほかほかした湯気の立つ髪を真っ白なタオルでドライしながら、柘榴は窓の外を見た
荒れ放題の庭は苔の生えた噴水も止まり、それなりの広さがあるにも関わらず花の1本も植えられていなかった
城の中は整えられていて綺麗なのに、外は悲惨な有り様だ。ヨーロピアンな街並みから浮いた城はその外観に似合わず落ちぶれていた
車通りの少ないストリートには子供の姿も無い。不自然に長い車が数台止まっているだけだ
「……?」
車の周りに、人が立っている。数にして5人、こちらを見上げて何か口論しているようだ
ふと、茶色いツンツンした頭の男と、目が合った
「…ツナさん?」
意識して注視すると、ツナのサイドに立っているのは獄寺と山本で、車にもたれているのが雲雀で近くに居るのが骸だろうと思えた
リボーンが居ないのは車の中に居るからか、最初からここに来る気が無いのか
−−助けに、来てくれたのだろうか。淡い期待が胸を過[ヨギ]り、柘榴は窓枠に手を掛けた
ガチッと外からはめられた格子と窓硝子に張り巡る蕀の蔦に阻まれて、それが開く事は無かった
窓硝子に指を滑らせ、ツナ達に視線を送る。彼らも柘榴に気付いて居るのか、いつまでもこちらを向いていた
「……何かあったかい…?」
背後から肩口に回された腕に強く抱き締められ、柘榴はよろめいて1歩下がった
左肩に顎を乗せられ、そのまま抱きすくめられる。わずかに跳ねた心臓を誤魔化しつつ柘榴はその状態で後ろを振り向いた
「…貴方、」
「ルナリアだよ。そう呼んでもらって構わない」
「女性の部屋にノックも無しに入るなんて失礼よ」
およそ誘拐犯と捕虜の会話とは思えないそれに、ルナリアは喉の奥で笑った。そのまま柘榴の手を引き、近くにあった椅子に座らせる
「それは失礼、これからは気を付けるよ。
それよりも真っ先にバスを試してもらえるとは嬉しいね。日本人はバスタブに浸かる風習があると聞いて、急いで作らせたんだよ。お気に召したかな?」
「…ええ。でも1人で入るならあんなに広くなくても良いわ」
「おや、なら今度は私も一緒に入ろうかな」
「…ワインを入れたのは貴方の趣味?」
「“ルナリア”だよ。…ローマの貴族が好んだと聞いた事があったからね、カリオンに命じておいたんだ。ワインは苦手かな?」
「お酒は好きよ。甘いカクテルも好き」
「なら晩餐にはマルゲリータでも用意させよう。何かリクエストはあるかい?」
「フェニックスとミモザ、できるならクイーン・エリザベスも欲しいわ」
「おやおや、お姫様は欲張りだねぇ」
くすくすと楽し気に笑ったルナリアは柘榴の手からタオルを奪い、優しく髪を拭いてやった
敵に背中を向けるなんて、と柘榴は警戒するが、ルナリアは純粋に柘榴との会話を楽しんでいるのか怪しい動きは見せなかった
事前にバスタブを作らせていたという事は、随分前から自分を誘拐する計画だったのだろうか
この本心が読めない男が何の為に自分を連れ去ったのかはやはり分からないが、しかしルナリアからは敵意を感じなかった
どこからか取り出されたドライヤーの温風とルナリアの細い指先を感じつつ、柘榴は窓の外をこっそりと盗み見た
先程まであった3台の車と人影は、もうそこには無い。もしかしたらあれは見間違いだったのだろうか
「−−何か必要な物はあるかい?ボンゴレ程ではないがそれなりの資産はある。好きな物を用意させるよ」
「…特には。強いて言うなら自由かしら」
「ははっ、ジャパニーズジョークかい?残念だけど、柘榴にはしばらくここに居てもらうよ」
艶やかなマロンブラウンの髪をといていたルナリアは傍らのテーブルにドライヤーと櫛を置き、再度柘榴の手を引いて誘導した
「ついておいで。柘榴に見せたい物がある」
悪意など全く感じさせない笑顔で微笑み掛けられ、柘榴は素直に足を動かした
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