ルチフェルの泪とサタンの唄声
03
「さあ、ここが君の部屋だよ」
ルナリアに連れられて案内されたのは、中世の貴族を彷彿させるような造りの部屋だった
ボンゴレでツナに宛がわれた部屋よりも豪勢で、一応囚われの身の上である柘榴が使っても良いのだろうかと疑いたくなる
「この部屋にあるものは好きに使ってもらって構わないよ。必要な物があれば何でも言い付けてくれ。ただし、この部屋からは決して出ないで欲しい。約束してくれるかい?」
幼子に言い聞かせるように頭を優しく撫でられ、柘榴は素直に首を縦に振るしかなかった
颯爽と部屋を出ていく男が何を考えているのか分からない。何の為に自分を拐ったのだろう
肌けた浴衣をさらりと脱ぎ捨て、柘榴はバスルームへ向かった
石の上に寝かされていたからだろうか、所々悴[カジカ]む箇所を暖めたかったし、軽く払うだけでパラパラと落ちる砂利を完全に洗い流したかった
「わ、…」
からりと曇り硝子の戸を開けると、途端に香ったアルコール臭。何事かとバスタブの中を覗くと、波々と張られた湯は透き通った赤い色をしていた
「……ワイン風呂…?」
湯槽にワインを灌ぎそれに浸かるという風習がどこかにあると聞いた事はあるが、まさか実際にやる人間が居るとは思わなかった
蛇口から流れ出るお湯も鮮やかな赤で、どういう仕組みで循環しているのかは分からないが柘榴は沁々[シミジミ]と関心してしまう
ちゃぽんと浸けた足から伝わる熱に酔わないように心掛けながら、柘榴はゆったりとバスタブに身を沈めた
真っ黒に塗られた長い車が数台、街の大通りをおよそ法定速度を軽くオーバーしているスピードで疾走していく
赤信号も無視し走り続ける車は塗り潰された窓硝子も相成って、異常な光景でしかなかった
道行く人々は何事かと一瞬興味を掻き立てられるが、しかし車が見えなくなった頃にはその関心も薄れてしまうものだ
そんな車の後部座席に座りカタカタとパソコンを操っていた獄寺は、画面の隅に受信メール有と表示されたのを見て怪訝そうに眉を寄せた
登録してあるアドレスからのメールなら、分かり易いように差出人の名前が出るよう設定してあるのだ
この表示がされたという事は、登録外のアドレスからだという事で。しかしボンゴレファミリーの幹部である獄寺が使うパソコンのアドレスが、そう簡単に流出するはずがない
スパムメールの類は全てシャットアウトされるようになっているし、仕事柄知り合った人間のアドレスは取り敢えず全部登録する事にしている
見た事もないそのアドレスは、暗号になっているわけでもなくその文字面に深い意味が隠されているわけでもなさそうだった
緊急事態の最中ではあるが、確認だけしておくかと獄寺がそのメールを開くと、
「……っ、十代目!!」
添付されていた1枚の写真。それが目に入った瞬間、獄寺は怒りから息を飲んだ
「どうしたの、はや…」
獄寺の正面に座っていたツナもその画面を覗き込んだ瞬間言葉を無くす
そこに映っていたのは、柘榴だった
冷たそうな石床に四肢を荒縄で拘束された状態で横になっていて、これはトーポからの脅しなのだろうとツナは思った
無粋な真似をすれば柘榴の命は無い、と。柘榴を助けたければ大人しくしていろ、と。ツナは歯痒さから握り締めた拳に力を込めた
どれだけ後悔しても足りないのだ。あれだけ自分が近くに居たのに、どうしてもっと警戒していなかったのか
「……ツナ、見えて来たぜ」
ツナと獄寺が乗る車を運転していた山本が、正面を睨み付けたままそう告げた
塔の天辺まで蕀で覆われたその城は人を寄り付かせぬ雰囲気と重苦しい気配を漂わせていた
街の中央に鎮座しているにも関わらず人気も無く、錆びた鉄塀で囲われた庭は全く手入れがされていないのか荒れ放題だ
「…十代目、こんなメッセージが」
メールを詳しく分析していた獄寺は、背景色と同じ色で書かれた本文を見付け画面をツナへと向けた
眠りの森の美女は
王子様のキスでは目覚めない
美女を起こしたいのなら
傍らの短剣で自ら心臓を抉り取れ
《†front†》《†next†》
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