ルチフェルの泪とサタンの唄声
10
「骸、ちょっと話が……」
ツナは骸の部屋に1歩入った所で、目にした光景が理解できずに固まった
骸に押さえ付けられるようにして舌を絡めていた柘榴も骸も、予想外の乱入者に同じように固まっている
「何してるの、綱吉。邪魔」
入口を塞いで突っ立っていたツナを押し退けるように部屋に入った雲雀は、ツナと同様にそれを目にした瞬間硬直した
「……六道、何してるの?」
ゆらり、と雲雀から立ち上った殺気は的確に骸を捕らえ、それを一身に受ける骸は冷や汗を流した
靴音を鳴らして1歩骸達に近付いた雲雀に合わせてツナも近付く
雲雀の手にはトンファーが、ツナの手にはXグローブが力の限りに握られているのを見て、骸は降参だ、とばかりに柘榴から距離を取った
「ちょっ、綱吉、雲雀くん、落ち着…」
「五月蝿い、黙れ。そして死ね」
ゴッという轟音と共に投げられたトンファーは見事に骸の額に当たり、それを合図にツナと雲雀の二人がかりで骸に制裁を加え始める
それを少し離れた所で見ていた柘榴は穏やかな笑みを湛え、微笑ましそうに3人を眺めていた
ピッと頬に飛んだ返り血を拭い、雲雀は柘榴に向き直った
「待たせて悪いね、柘榴」
「……いえ、…骸さんは?」
「誰そのパイナポー」
未だツナが骸を半殺しにしているが、どうやら雲雀の気は済んだらしい
雲雀が握るトンファーから滴り落ちる血液は見なかった事にしよう、と柘榴は誓った
「犯人、クロームだったみたいだね」
「…殺さないで下さいね」
「まぁ僕としては君に手を出した時点で百回咬み殺しても足りないけど、クロームは僕の部下じゃない。直属の上司である六道が始末を付けるべきだからね」
ソファに座り大人しくしていた柘榴の隣に座った雲雀は、上から下まで柘榴を舐めるように見た後至極不機嫌そうに溜息を吐いた
「…六道に、どこまでやられたの」
苦々しくそう言った雲雀は柘榴の胸元に咲く、赤い華をなぞった
「どこまで、って」
「まさか最後までじゃないよね?だったらあの腐れパイナポー、原形無くなるまで咬み殺すんだけど」
「あー…、ちょっと押し倒されてキスされただけです」
「舌を入れる深い方を、ね」
子供のように拗ねる雲雀に、柘榴は小さく笑みを溢した
こうして怒ってくれるという事は、それなりに大事にされていると思っても良いのかもしれない
「…柘榴、」
視線を落としていた柘榴は、不意に名前を呼ばれて顔を上げた
ふっと香った苦めの香水
首に回された細い腕
予想以上に近くにあった雲雀の顔
唇に触れた、柔らかいもの
雲雀にキスされている、と理解するまで、それほど時間は掛からなかった
骸とは違い、触れるだけの優しいキス。それでもなかなか離れない雲雀の体温がむず痒かった
ツナは骸への制裁で二人には気付かない。それを良い事に、雲雀は柘榴を離そうとはしなかった
「…消毒、だよ」
柘榴の息がいい加減保たなくなりかけた頃、ようやく雲雀が柘榴から離れた
そのまま柘榴を抱き寄せ、耳元で囁く
「…今度僕以外にこんな事されたら、その時は深い方するからね」
いつもより低い声に、心臓が跳ねたのは気のせいだ、と柘榴は思い込みたかった
あたしの心は、彼のモノだと
「…で、骸。犯人はクロームだったんだよな?」
「………はい」
そろそろいい加減危ないのでは、と柘榴が心配し始めた頃、ようやくツナが骸への制裁を終え雲雀と柘榴の座るソファへとやって来た
骸は絨毯の上に正座させられ、滴る血を拭う事も許されずに小さくなっている
「クロームがこんな事するなんて、俺でも予想できなかったよ。もっと大人しい奴だと思ってた」
「…僕もですよ。あの子があんなに感情を高ぶらせているのを初めて見ました」
「だよなぁ…。ま、何にしろ処罰を下さなきゃいけないのは分かってるよな?」
「……はい」
ただですら小さくなっていた骸は、身を縮ませて更に小さくなった
やはり今まで可愛がってきた部下に罰を与えるのは気が引けるのだろう
柘榴がツナを止めようと口を開くよりも先に、ツナが言葉を発してしまった
「…上司の骸への処罰は3ヶ月間給料30%カット。あと今月中にSランク任務5件片付けてもらうから。
クロームの処罰は、」
ぎゅっと、骸が自分の手を握り締めたのが分かった。今1番辛いのは、きっと彼なのだ
「……クロームの処罰は、お前に任せるよ。骸」
え。と言おうとして、それが言葉にならず骸は顔を上げた
「俺はクロームが何であんな事をしたのか知らない。今クロームが何を考えているのか分からない。
だからお前に任せるよ。ちゃんとクロームの事を理解してるお前が下した処分なら、俺は別に何も言わないから」
ボスの顔をして、ツナは笑った
仕事がある、と言い残して去るツナの後姿をみつめ、骸は目頭が熱くなるのを感じた
「…ね、“だいじょうぶ”って言ったでしょう?」
己の存在は確かにここにあったのだと、信じれるものは己だけではなかったのだと
ようやく理解できた骸は言葉にならずに顔を伏せた
彼らはずっと、自分を“仲間”だと認めてくれていたのだ、と。
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