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ルチフェルの泪とサタンの唄声
09



音も無く閉じられた部屋の中に残された二人は、気まずい沈黙に包まれた


特に骸に関してはまさか自分の部下が、それもあの穏やかなクロームがこんな事をするとは思ってもみなかったのだ


柘榴への想いを理解してしまった骸は、今更自分の不甲斐無さのせいで柘榴が死にかけたとは信じたくなかった






「……骸さん。腕、見せて下さい」



先にその静寂を壊したのは、柘榴だった



「消毒だけでもしましょう。明日すぐにシャマル先生に診せて下さいね」



有無を言わさない雰囲気の柘榴に骸も大人しく腕を差し出し、ぎゅっと押さえられたタオルにわずかに顔をしかめた



「馬鹿ですか、骸さんは」



不意に、柘榴が呟いた



「クロームさん、骸さんがよっぽど大切なんですよ。なのに“幻滅だ”なんて、酷すぎます」



まるで骸を責めるかのような口調に、骸の機嫌も降下していく



「…なんです、君は。助けてもらっておいて礼の1つも言えないんですか?」


「私は助けてくれなんて言ってません」



柘榴が用意していた消毒剤に手を伸ばした瞬間、骸は座っていたソファに柘榴を押し付けた


先程の事を思い出したのか、ピクッと身動[ミジロ]いだ柘榴の胸元に、骸は手を伸ばす


自分が付けた赤い跡をなぞり、にっと口角を吊り上げた




「君は、1から躾直されたいんですか…?あのまま僕が来ていなかったら、君はクロームに殺されていたんですよ。命の恩人に対してその口の聞き方はなんです」


「…クロームさんも、“ボンゴレ”でしょう」




骸から感じる威圧感に負けないように柘榴が骸を睨み返すと、その威圧が更に高まる


しかし、柘榴も負けじと身体を這っていた骸の手を叩[ハタ]いてみせた



「私の命はボンゴレのモノだと、前に言ったはずです。クロームさんも“ボンゴレ”の一員なら、彼女が私をどうしようと私は逆らいません」



暗に骸に何をされても抵抗しない、と言ってみせれば、骸は怪訝そうに眉を吊り上げた



「私が言いたいのはそんな事じゃなくて、なんでクロームさんの言い分も聞かずに追い出したのか、って事です。

クロームさんは骸さんが私のせいで悩んでると思って、純粋にそれを排除しようと思ってここに来たんじゃないですか。クロームさんがどれだけ骸さん思いか分かってますか。


……彼女、きっと今頃泣いてますよ」


「…君は、殺されても良かったんですか」


「大人しくしてるつもりはありませんでしたけど、恋に一生懸命な女の子は可愛いと思いますから。

…だから、骸さんは酷いです。女性を殴った上に顔も見たくないなんて、私だったら絶対に許せません」



柘榴のその言葉に骸は何かを考えるように視線を巡ぐらせ、しばらくしてから柘榴を抱き起こした



「……君の言いたい事は分かりました。僕もかっとなって大人気無かったですね。クロームにはちゃんと謝ります。それで、いいですか?」



どこか落ち込んだようにも見える骸に柘榴は微笑み、止まっていた応急処置を再開させた



「そうして下さい。クロームさんは、貴方の大切な“仲間”ですから」


「え……?」


「私なんかに求めなくても、骸さんを必要として、大事にしてくれてる人はすぐ側に居ますよ。

クロームさんだけじゃなくて、ツナさんも雲雀さんも、皆です。そこにあるのに無い物ねだりなんて、骸さんらしくないと思います」



傷口に消毒液を染み込ませたガーゼを当てながら、柘榴は骸に微笑みかけた



「骸さんが思ってる以上に、骸さんは皆さんに必要とされてますよ。

言葉にされないと信じられないのなら、はっきり訊いてみればいいんです。彼らなら、ちゃんと応えてくれますから」













ああ、と骸は唐突に理解した


骸が柘榴を毛嫌いしていたのは、自分にあまりにも近い陰を背負っているからで


それでいて無性に愛しくて仕方が無くなったのは、柘榴なら穢れてしまった自分でも愛してくれそうな美しさを持っていたからだった


穢れてしまった自分達では決して持ち得ない、純粋で清らかな美しさを












「…柘榴。君は、僕が好きですか?」



驚く程簡単に口から溢れた言葉に、骸も心の中だけで驚いた


今まで他人にこんな事を確かめた事なんて無かったのだ


愛してると言い寄る女達の言葉が本物だろうとなかろうとそんな事はどうでも良かったし、骸はそんな女達を愛してなどいなかった



だが、だからこそ、柘榴だけは。





「…好きか嫌いかと訊かれたら、好きと答えます」



しばらく骸の顔色を伺うように考え込んでいた柘榴は、真っ直ぐ骸の眼を見つめて言い放った



「本当、ですか?誓約書を抜きにして?」


「意外と頼りになりますし、ほら、いざって時はこうして助けてくれますから。嫌いではないです」


「……なら、」



向かい合って座っていた柘榴の口元に、骸は未だに血の滴る腕を近付けた



「証明、してみて下さい。口ではなんとでも言えるでしょう。

本当に君が僕を嫌っていないと云うのなら、…僕を穢いと思わないのなら、舐めてみせて下さい」



柘榴の白い太股に、真っ赤な血がいくつもの小さな泉を作る



「…できないでしょう。分かったら、僕に説教じみた事などっ…!?」





くちゅ、と小さな水音がやけに大きく聞こえた


骸は目の前の光景が信じられなくて、ただただ驚きに目を見開いた



まさか、柘榴が本当に自分の血を舐められるなどと、夢にも思っていなかったのだ





「ちょっ、柘榴…!?」



自分から指示しておきながら、骸はこの状況について行けず1人焦っていた


骸の手首を掴む細い指も、時折わざと優しく抉[エグ]られる傷口も、小さな口からわずかに覗く赤く穢れた舌先も


何より、自分の肌から伝わる刺激に、骸の理性の糸は早々と切れてしまった





「柘榴っ…!!」



いつまでも腕に舌を這わせ血を舐め続ける柘榴を無理矢理引き離し、それでも力一杯抱き寄せてその赤くなった唇に口付けた


滑らかな歯を舐めあげて舌を絡めて唾液を含ませて



熱に浮かされた頭で、正常な考えなど働くはずがなかった





穢いと思っていた自分の血でさえ、柘榴の一部と絡まればこれ程甘美に感じるものなのか、と骸は本能の片隅で思った




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あきゅろす。
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