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ルチフェルの泪とサタンの唄声
08



なんだったんだ、と骸の背中を見送りながら柘榴は思った


掌[テノヒラ]を返した様な態度に最初は戸惑い、それこそ新手の嫌がらせではないかと疑っていたのだが


思い詰めた表情を見せたかと思えば唐突に襲われて、柘榴は多少なりとも混乱していた



あの場を上手くかわす術を持たない自分は、犯人に感謝すべきなのかもしれない




「…“大丈夫”って、言ったのに……」


柘榴の呟きは骸に届く事無く、暗がりに消えていった



ぽふっとベッドに倒れ込み、まっさらな天井を見上げる


わずかに震える身体を誤魔化すように、シーツにくるまり目を閉じた





あの紅と蒼の瞳は、いつだったか柘榴が骸に殺されかけた時に見たそれと同じ色に揺れていた


己の存在の不明確さに恐怖する色。随分昔に、あの子も同じ色を湛[タタ]えていた


言葉にしても分かってくれなかったあの時、自分はどうしただろうか





















「お待たせしました、柘榴。どうやら1階の窓が開いていたせいで、壁に掛けてあった絵画が風で落ちたみたいです」



あれからしばらくして、骸が戻って来た。手には三ツ又の槍を持って、時折心底可笑しそうにクフフ、と笑う



「…骸さん…?」



様子がおかしい、と思った柘榴は身を起こし訝しげに骸をみつめた


カチャッと後ろ手に部屋の鍵を掛けた骸に、更に不審感が高まる


ガンガンと警鐘が五月蝿く響き、柘榴は無意識の内にこめかみを押さえた



「……骸さん、さっきの続き、しませんか?」



疑心からわざとカマをかけた柘榴は、クフフ、と笑う骸が一瞬固まったのを見逃さなかった



「…貴女、誰」



ベッドの縁に腰掛け、“骸”を睨んだ



「おや、可笑しな事を言いますね。僕は六道骸ですよ」


「……嘘。なら“続き”してみなさいよ」



数メートル離れた所で立ち止まった“骸”はその手に握る三叉槍に力を込めた





「…貴女が、悪いんですよ」



わずかに俯いた“骸”の纏う空気が、変わった



「貴女が、悪いんです。骸様を困らせるから、骸様を悩ませるから、骸様の頭を支配してるから−−!!」




三叉槍を振り上げた“骸”を成す術も無く驚いた表情で見ていた柘榴は、確かにその矛先が目の前でキラリと光るのを見た




「…貴女が悪いのよ。骸様の、骸様が、側に居るから……」




ぱたっと散った鮮血は、





















「…う、そ……」



深々と白い腕に貫通した槍を見つめ、幻覚を解き本来の姿になった髑髏は顔面を蒼白に変えた



「…何をしているんですか、クローム」



痛みに顔をしかめる事無く白々しく言った骸は、柘榴を庇うように抱き寄せ髑髏と距離を置く



「どうして…鍵、掛けたのに…」


「何を馬鹿げた事を言っているんです、ここは僕の部屋ですよ」



チャリ、と髑髏の足元に投げ落とされたのは確かにこの部屋の鍵で


しかしそんな事よりも髑髏は自分のしでかしてしまった事への後悔に打ちひしがれていた



「もう1度訊きます、何をしていたんですか…?」



語気を荒げもせず穏やかに問い掛ける骸は、腕に刺さった槍を力ずくで抜き取りしげしげと眺めた


ポタポタと落ちる鮮血に焦っているのは髑髏と柘榴だけで、骸は他人事のように意に介した様子を見せない



「骸、様っ、血がっ…!!」



焦った髑髏が駆け寄ろうとするが、


ガンッ−−!!





「…何をしていたのかと、訊いているんですよ。クローム」



骸が投げ付けた三叉槍が髑髏の足元に突き刺さり、髑髏は否応無しにその場に踏み止まざるを得なかった



「食器棚を倒したのも、水をかけたのも、洋服にカッターの刃を仕掛けたのも、……爆薬を使って柘榴を殺そうとしたのも、全てお前ですか」



ゆらり、と揺れた骸の影に、髑髏は恐怖のあまり無意識の内に1歩下がった



「誰が、こんな事をしていいと言いました?誰がこんな事をしろと頼んだんです?……幻滅しましたよ、クローム」



心底残念そうに吐き捨てた骸に縋るように、髑髏の頬に涙が伝った




「そんな、骸様…!!私、骸様の為に……」






−−パンッ、と良い音が鳴り響き、静寂の後に聞こえたのは髑髏の嗚咽と骸の怒りに満ちた声だった



「だから、誰がこんな事を望んだんですか?この僕がいつお前に柘榴を殺せと命令したんです。思い上がりもいい加減にしなさい」



ヒリヒリ痛む頬を押さえ次々に浴びせられる罵声に、髑髏は静かに涙を流し続けた



「…出て行きなさい。もう、お前の顔も見たくない」



あっさりと告げられた別れの言葉に、髑髏は何も言い返せず骸を見上げた


いつでも優しい光を灯していた紅と蒼は強い怒りに満ちていて、髑髏は力無く部屋を出る


扉を閉じた瞬間、髑髏は全ての終わりを悟った




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あきゅろす。
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