ルチフェルの泪とサタンの唄声
06
「じゃあ、僕達は犯人探しに行くから、君は屋敷で大人しくしてるんだよ。仕事なんてしなくてもいいから、自分の安全だけを考えて。
犯人が捕まっていない以上まだ危険なんだから、いいね」
あの後、屋敷中を1度見回ってから、雲雀はツナと共に再び犯人探しに出掛けて行った
再三柘榴に忠告をして、半ばツナに引き摺られるようにして車に乗り込んだ雲雀は自分の部下を脅すつもりらしい
本来なら1人でも事足りるはずなのにツナを連れて行くのはそういう魂胆だ、と別の任務に出掛けた獄寺が教えてくれた
ボンゴレボスまでもがご立腹だぞ、と。犯人にとってはさぞかし大きな恐怖だろう
仕事をしなくてもいい、と言われても予定を随分押してしまっているため、柘榴は厨房でシルバーを磨きながら考えた
犯人が落としていったピアス。あれからしばらく廊下を探したが、キャッチの部分は見付からなかった
付けていたピアスが落ちたのなら、キャッチも一緒に落ちているのが普通ではないだろうか
柘榴も普段からピアスを付けているので分かるのだが、滅多な事が無い限りピアスが勝手に落ちる事は無い
どんなに犯人が慌てていたとしてもどこかに引っ掛けたとしたら気付くだろうし、拭い切れない不安から柘榴は自分の耳に付けられたピアスに手を伸ばした
どこか、違和感を感じる。ツナや雲雀が何も勘付かなかったのだから自分が疑心暗鬼になりすぎているだけかもしれないが、それでも
上手くできすぎているような、用意されていたかのような不和があった
「柘榴、」
「……っ!?」
ぼうっと虚空を眺めていたら、背後から声を掛けられ柘榴は勢い良く振り向いた
誰も居ないと思っていたそこに立っていたのは、中途半端に片手を上げて固まっている骸だった
「あ…、骸、さん」
「すみません、驚かせてしまいましたか」
跳ねた心臓を落ち着かせながら骸と向き直ると、骸は柘榴の肩を叩こうとしたのかその手を下ろした
「お帰りなさい。早かったですね」
「えぇ、まぁ。後の仕事は部下に任せて戻って来ました。
……獄寺隼人が、屋敷に柘榴が1人だと連絡を寄越したので」
視線を逸らしてそう口にした骸に、柘榴は驚いて目を丸くした後自然と口元を緩ませた
「…ありがとうございます。骸さん、昨夜泊まりでしたよね。お腹、空いてませんか?」
「え…?」
「洋梨のタルトを焼いたんです。良かったら召し上がりませんか?」
わずかに微笑んだ柘榴に、骸は胸の蟠[ワダカマ]りが取れた気がした
「お待たせしました」
先に部屋に戻った骸の後を追い、柘榴はアフタヌーンティーの準備をして彼の自室を訪れていた
タルトと紅茶を差し出すと骸はそれを優雅に口に含み、感嘆の言葉を述べた
「美味しい、ですね」
「ありがとうございます。明日は葡萄でパイでも作ろうかと思ってるんです」
まだどこかぎこちなさを感じるが、骸は歩み寄ろうとしてくれているらしかった
昨日の一件のせいか、それとも仕事先で何かあったのか、恐らく可能性的には前者が高いのだが
必死に柘榴とコミュニケーションを取ろうとする様[サマ]に、柘榴も微笑みと共に応えた
「骸さんの好きな果物って何ですか?今度はそれで何か作りましょう」
骸に勧められたので対座するソファに座り、柘榴はそう問い掛けた
「僕は、…パイナップル、が好きです」
「あ、いいですね。夏場に美味しいのが手に入ったらソルベやパフェにしましょう」
「…柘榴は、何が好きですか?」
「私は柑橘類が好きですね。レモンとオレンジが特に」
「そう、ですか」
柘榴の目を直視する事はできないが、骸は驚くほど長時間柘榴と会話していた
今までは一言二言交わす程度だったのに、この進歩は随分なものだろう
「パイナップルの花言葉、“完全無欠”ですよね。あれ、私も好きなんです」
不意に柘榴が言った言葉に、骸は若干驚いて顔を上げた
「私もなりたかったです、“完全無欠”。でも、無理でした」
「…君に足りないものなんて、あるんですか?」
「愛想、可愛げ、礼儀、その他諸々足りないですよ」
手元のダスターを所在無さげに構いながら、柘榴が視線を落とした
恐らく“その他諸々”の部分に大きな意味があるのだろう。わずかに含まれた哀愁を感じ取った骸は、しばらく考えてから口を開いた
「…まぁそうですね。でも君は今のままで十分だと思いますよ。料理、洗濯、掃除をそつなくできて、これだけの人数の面倒を見られる。
……何より、君は美しい。普通の人間ができる芸当じゃありません」
思ってもみなかった骸からのフォローに、柘榴は嬉しそうに、でもどこか哀しそうに微笑んだ
「…私は完璧主義の理想主義者なんです。私が求める物は100%であって、それ以下は許せないんです。
……何より、私が1番許せないのは、私が追い求める理想に追い付けない私自身で、だから、私は、此処に在[イ]るんです」
ああ、と骸はやけに納得した
自分が柘榴を酷く嫌悪していたのは、柘榴が余りにも自分と近いからだったのだ
同族嫌悪、とでも言うのだろうか。柘榴の抱える闇が自分のそれと似ているから、骸は柘榴を目障りに感じていたのだ
唐突に、それでも明確にそれを理解した骸は、穏やかな笑みを柘榴に向けた
自分の本心に気付いてしまえば、後に残ったのは柘榴への愛おしさだけだった
《†front†》《†next†》
無料HPエムペ!