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ルチフェルの泪とサタンの唄声
04



さわさわ、と柔らかな風が雲雀の黒髪と柘榴の茶髪を揺らした


屋敷からそれほど離れていない裏庭の片隅。周囲を色とりどりの花に囲まれた、テラスのようなテーブルセットの置かれた場所に二人は居た


真っ白なチェアに座り、ゴールデンリングの浮かぶ紅茶に口を付ける



雲雀に腕を引かれるので仕方無くここまで大人しく付いて来たのだが、残念ながら柘榴には優雅に午後の一時を楽しむ余裕は無かった


雲雀は今日1日非番だが柘榴はいつも通り仕事をしなければならないのだ






「…雲雀さん」



特別何かをするわけでもなく、自分はただ座って庭を眺め、雲雀は隣で洋書を読んでいる


忙しく働いている日々の中では確かに貴重な時間かもしれないが、白いシャツを漂白剤に浸けてあるのだ


規定の時間を越えて浸けすぎてしまうと布が駄目になってしまう、と柘榴は腰を浮かせた



「私お屋敷に、」


「何してるの」



こちらに欠片の興味も示していなかったくせに、柘榴が動いた瞬間雲雀は反応を見せた


わずかに浮いた柘榴の体を再度ベンチに押し付け、隣に据え置く



「…僕の側に居ろって、言わなかった?」



真正面から雲雀に睨むように見つめられて、柘榴は閉口した


仕事、があるのだが。雲雀のこの様子からは自分だけ屋敷に戻してはくれなさそうだ



「仕事なんて良いよ。たまにはゆっくり休めば」



ぱたん、と読んでいた洋書を閉じた雲雀は、柘榴の手を取った



「ねぇ、柘榴。何か唄って」



唐突に、周りの草木を眺めたまま雲雀が言った



「……唄、ですか」



予想外のその言葉に柘榴は若干驚いた表情で雲雀を見つめる



「うん。君の好きな唄で良いからさ」



再び柘榴の方を見た雲雀は優しげに微笑み、ごろっと柘榴の膝に頭を乗せた



「…雲雀さん?」


「これならどこにも行けないでしょ?ほら、唄って」



目を閉じてしまった雲雀は本気で寝るつもりなのだろう。悪戯っぽく口角を吊り上げ、柘榴の甘い匂いをすっと吸う


香水か石鹸かは分からないが、甘く女性らしい、それでも自然で飾らないその香りに、雲雀は久々に安らぎを感じた



そんな雲雀を眺めていた柘榴は、しばらくしてどこか諦めたように小声で唄い出した


小さいが、決して弱さを感じさせないしっかりとした声音で





『明日世界が滅ぶなら
貴方の隣で眠りましょう
消えゆく光に涙を流し
望めぬ未来に高笑いして

明日世界が滅ぶなら
永遠の愛を誓いましょう
共に歩んだ貴方の為に
次の世界に
貴方と私が存在[イル]ことを祈って』






柘榴の曇りの無い声は小鳥の囀ずりよりも澄んでいて、穢[ケガ]れてしまった雲雀の耳には、どこか痛かった




















明日世界が滅ぶなら
貴方の為に死にましょう
滅びゆく世界の最期の朝日を見つめ
貴方の為に朽ちましょう

明日世界が滅んでも
貴方が生きればそれで良いと

私の世界が滅んでも
貴方の世界が在れば良いと願って









今、この世界には居ない貴方へ


あたしの声は、届きますか?


貴方が好きだと言ってくれたあたしの唄は


今も変わらずここにあります。

貴方は今、幸せですか?


あたしがこの世で唯一愛する貴方へ


あたしの為に、貴方は、














いつの間にか寝てしまったらしい雲雀の柔らかな黒髪をそっと撫でる



つうっと流れた雫は柘榴が拭うよりも早く風が散らし、宝石の様な煌[キラ]めきと共に空へと消えた



柘榴が瞬く事ではらはらと落ちる雫は、決して雲雀に落ちる事は無く。優し気な風が悪戯に拐って行く



柘榴の涙は、誰にも届かなかった





















−−−ジリリリリリリリ!!


裏庭で柘榴の膝に頭を預けていた雲雀は、耳をつんざくような音によって叩き起こされた


心地好い静寂に慣れていた耳には余りにも五月蝿過ぎて、雲雀はあからさまに顔をしかめた



「…犯人、掛かりましたね」



屋敷のセキュリティは囮作戦の為に限界まで高められ、幹部以外は容易に出入りができなくなっていた


勿論ボンゴレファミリーの一員であってもかなり制限され、1つでも誤ると警報器が作動するようになっていたのだ



「……僕、女の不始末なんて無いと思うんだけど」


「そう思ってるのは意外と本人だけかもしれませんよ」


「だって、行きずりの相手ならまだしも部下や知り合いとなんて色々面倒じゃないか」


「……その考え方もどうかと思いますが」



とにかく屋敷に戻ろう、と雲雀は柘榴の手を引いて歩き出した


雲雀に連れられて歩く柘榴からは先程の涙は全く感じられず、雲雀がそれに気付く事は無い


しかし。





「まぁこれで、柘榴も安心だよね」


「どうでしょう。これが引き金になって他の女性が模倣しないとも限りませんし」


「…なんで君はそんな冷静なの」


「興味が無いから、ですかね。何事も無いのが1番ですけど、女って執念深いっていうか醜い部分があるんです。

私はそういう女の醜さが嫌いなんでそういう人達も嫌いですけど、でも恋に一生懸命な女の子は可愛いと思いますよ」





君は、恋に一生懸命にならないの。そう訊きかけて、雲雀は口を閉じた


きっと柘榴は、今も誰かに想いを寄せているのは間違い無いだろうと雲雀は思ったのだ



柘榴が唄った『貴方』の存在。柘榴の唄声はそれだけでも十分に綺麗だが、それ以上に唄に込められた心に惹かれるのだ


何故か追求する事を拒む様な色を孕んだ柘榴の雰囲気に、雲雀は何かに気付きながらもそれ以上何も言わずに屋敷を目指した






後々、この時訊いておけば良かったと、後悔するとは夢にも思わずに




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