ルチフェルの泪とサタンの唄声
02
どすん、
エントランスに横付けされた車から降り、真っ白な大理石の階段を数段登りかけた所で、どこからか聞こえた物音に雲雀は耳を澄ました
不審に思って数秒間動きを止めて辺りを伺うが、あれ以来妙な音はしない。だが、か細くはあるが気配を感じた
隠そうとして隠し切れていないのか、何も考えずに居てもそれだけ存在の薄い奴なのか、恐らく場所が場所なだけに前者だろうがとにかく雲雀は音のした方へ歩みを進めた
勿論手には愛用の鈍く光るトンファーを構えて
綺麗に整えられた植え込みの向こう、大きな桜の木の下辺りからした音
気配を完全に消して隙間から様子を伺うと、目に入ったのは白い足。加えてヒールの高い黒い女物の靴
ぴくりとも動かないそれを見て、屈めていた上体を起こした
「………、」
そこに居たのは、雲雀の予想とは違い少女だった。桜の木の根元に体を横たえて、その目はしっかりと閉じられている
少女の服装は黒のショートパンツに黒のフリル付きのシャツ、顔にある眼鏡までもが黒い
一方身に纏う物は全て黒いのに、雲雀の前で眠る少女は白かった。病的な程までに白い顔も、長くすらっと伸びた細い脚も、黒とのコントラストが更に少女の美しさを際立たせていた
雲雀はそんな少女に不覚にも見とれてしまい、後ろから聞こえた車のエンジン音で本来すべき事を思い出した
「ちょっと、君。起きなよ」
取り敢えず声を掛けてみるがいっこうに起きる素振りは見られない
「そんな所で寝てると咬み殺すよ」
−−無視。勿論少女が故意にやってるわけじゃない事くらい雲雀にも分かってる。しかし自分の声に反応しない少女に酷く腹が立った
雲雀はすっと立ち上がり、トンファーを構える
「咬み殺す」
ここはボンゴレ幹部の住まう本部。勿論雲雀達守護者ではなく使用人でも来客でもない少女は明らかに異質だ
不審者ならば殺さなければならない。ひゅんっ、と風を巻き起こして、雲雀はトンファーを振り上げた
「雲雀さん?」
少女の頭蓋骨を粉砕するべく振り降ろされたトンファーは、頭上数ミリの所で背後からの声によって停止した
「どうしたの?」
反応を示さない、しかもトンファーを構えたままの雲雀を不審に思ったのか、蜂蜜色の髪の青年が近付いて来た
「…侵入者だよ」
セキュリティどうなってるの、と嫌味を言えば曖昧に笑う彼は沢田綱吉。名目上は雲雀の上司だ
「え、女の子…?」
足元で眠る少女を見て、ツナも目を丸くして驚いている
「僕が帰ったらここで寝てたんだよ。咬み殺そうとしたんだけど、君に邪魔された」
目を細めて鋭く睨むと、やっぱり苦笑を返された
「殺すって、どこの誰かも分からないのに?」
「だって明らかにおかしいでしょ?なんでこんな所で女の子が寝てるの。まだ桜も咲かない春先なのにショートパンツに生足だし、ここはボンゴレ本部だよ」
「そうだけど、もしかしたらどこかのファミリーの暗殺者かもしれないじゃないですか。だったら吐いてもらわなきゃいけない事も沢山あるし、まだ殺しちゃ駄目だよ」
10年前とは打って変わってボスらしくなったツナに、雲雀は小さく溜息を吐いた
「分かったよ、じゃあ…」
「…んぅ……」
雲雀達の声が五月蝿かったのか、少女が小さくうめいて寝返りを打った
「「……………」」
こちらを向いてしっかりと見えた顔に、雲雀とツナは息を飲む
透き通る様な白い肌に筋の通った目鼻立ち。バランスの取れた、存在感のあるパーツ。ふっくらした桜色の唇。栗色の柔らかそうな髪。
神々しいまでに美しい少女に、雲雀達はしばし時を忘れて見惚れてしまった
「…一先ず、客室に運んでくれる?」
先に呪縛から解放されたツナが口を開いた
「…分かった」
先に背を向けたツナとは逆に、雲雀は少女に近付きその体を抱き上げた
ふわっと何の抵抗も無く持ち上がった体は、予想以上に軽かった
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