ルチフェルの泪とサタンの唄声
05
起きれば奇行に走り、かといって1日中寝続けているのも身体に良くないだろう。眠りについた柘榴の艶やかな髪を鋤きながら、リボーンはその寝顔を眺めていた
何をしでかすか予想もつかない柘榴の側を離れるわけにもいかず、リボーンは夕食もここで摂った。獄寺は一応柘榴の分も、と持って来てはいたが、結局それは手をつけられる事無く下げられてしまっている
時折暇を見付けた雲雀達が顔を覗かせたりもするが、柘榴は穏やかに眠ったままだ。それだけ弱っていたのだろうか、自分では助けられない現状にリボーンは歯噛みした
柘榴は、今までにリボーンが出会ってきた“女”のどれとも一致しない女だった
自分に媚びる目障りな女は腐る程居たし、リボーンの中で“女”とはそういう物だと思われていた
しかし柘榴は平然と自分に逆らい、反抗し、挙げ句の果てには自分を叱りつける事すらあった
そう、今までに柘榴のような“女”をリボーンは知らなかった
母親のような慈愛と無償の優しさを持った、しかしそれでいて厳しさと正しさを兼ね備えた“女”を
『早く大人になれよ、リボーン』
あの時のツナの言葉の真意が、今なら分かる気がした
夢の中に、昶が居た。真っ赤に染められた髪がやたら目を引く、最後に見たあの容貌のままでじっとこちを見つめている
何も言わない昶の瞳から、逃れる事ができない。逸らしたくても、逸らせない
…何かを、伝えたいのか。何か、言いたいのか。もうずっと正面から見つめていない瞳は、言外に必死に訴え掛けていた
「……、」
もう何年も呼ばれていない自分の名前。昶の声だと分かるのに、明確に聞こえないのはその愛しい声すら忘れかけてしまっているからだろうか
手を伸ばしても昶には届かない。いつもの罵声が飛んで来ない事に気を緩めた柘榴が必死に声を張り上げても聞こえていないようだ
「昶、昶ァっ…!!」
昶の姿が、薄れ始めた。彼が遠退くように、昶の身体が透けていく
「…、柘榴」
昶の物ではない声が、柘榴を夢から目覚めさせようと彼女の名前を呼ぶ。しかし柘榴は今覚醒するわけにはいかなかった
「昶、ねぇ昶…!!」
昶に駆け寄りたいのに、足が凍り付いてしまったかのように動かない。そうしている間にも昶は消え掛かっていく
「待って、昶…」
涙で声が掠れる。薄れゆく昶と共に、柘榴の意識も現実に引き戻されてしまう
「…柘榴、おい起きろ」
−−待って、まだ昶が。
柘榴の想いとは裏腹に浮上する意識。瞳から落ちたその一滴の涙を、夢の中の昶は見ていたのだろうか
「柘榴。おい起きろ」
静かに寝ていた柘榴が夢に魘され始めた事に気付いたリボーンは、悪夢から彼女を救うべくその肩を揺り動かした
眉根を寄せ苦しそうにもがく柘榴はなかなか起きない。まるで、起きる事を拒むかのように
「柘榴、」
閉ざされた瞳から、澄んだ雫が一滴流れ落ちる。それを見たリボーンは息を飲んで言葉を失った
ゆっくりと現れる瞳は、いつもと違って色が無く曇っている
「…おい、大丈夫か」
寝惚けているのか、柘榴はぼんやりとリボーンを見たまま反応を示さない
「……あきら…?」
自分を見つめたままの柘榴の言葉にリボーンは驚愕する。弟と、“昶”と見間違えるとは予想外だったのだ
「オレは昶じゃねぇ。目ぇ覚ませ」
不機嫌そうにリボーンが告げても、柘榴の瞳に輝きが戻る事は無い
「あきら、…」
譫言[ウワゴト]のように弟の名を繰り返す柘榴。リボーンはどうにかして柘榴を正気に戻そうと手を伸ばすが、
「ねぇ、昶っ…」
リボーンよりも早く手を伸ばした柘榴が、リボーンの首に腕を回し抱き寄せた
「おいっ…!?」
「昶、ねぇ置いて行かないで。あたしを、独りに、しないで…」
柘榴の腕が体を固定している為に身動きか取れなかったリボーンは、耳元で囁かれた哀願に言葉を失った
柘榴はどこまで、昶を想っているのだろう。どれだけ昶を想えば気が済むのだろう。昶よりも近くに、自分達が居るというのに
そのまま気を失ってしまった柘榴の腕から力が抜ける。ベッドへ沈んだ柘榴を見つめ、リボーンは表情を無くした
自分達が柘榴を置いて行く事など無いというのに。今は独りではないのに、何故柘榴は自分達の存在を認めてくれないのか
言葉にしなければ伝わらない程、ツナや雲雀の愛情が分かりにくいわけではない。そしてそれが分からない程柘榴も馬鹿ではないはずなのに
首に残る柘榴の温もりが冷たい。いつまでも自分達を拒絶し続ける柘榴は何を望んでいるのか
それを知りたいが為に、ツナの“決意”をリ受け入れる事を決断したリボーンだった
《†front†》
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