ルチフェルの泪とサタンの唄声 06 シアワセニナリタイ シあわせになりたい貴方と二人 アしたは見ない、真っ暗だから ワすれないであの日の約束 セ中を見るのはもう慣れたけど ニじむ涙はいつも見ないフリ ナくのは止めたの、叶わないから リ由なんていらない タだ貴方が好きだから イっしょに居られればシアワセだった シアワセニナリタイ しあわせになりたい 幸せになりたい 幸福になりたい…―― そんな、辛くて悲しくて切ない日々を毎日毎日繰り返し、柘榴は19歳になった 昶は17歳。近所では名高い進学校に進み、それでも柘榴と顔を合わせれば荒れた生活ばかりを続けていた 何年もそんな生活をしていれば、柘榴の感覚が麻痺するのも当たり前で 仕事と昶の前以外では笑わないし、“人間らしい”習慣も既に忘れていた いつの間にか、気付いたらあの家にも寄り付かなくなって、柘榴が寝るのはバイト先の仮眠室か客と泊まったホテルのベッドだった 月に1度、ふらりと着替えを取りに戻れば良い方で、しかし客からの貢ぎ物やモデルのバイトでもらえる服だけでもやっていける柘榴は日を追う毎に家から遠退いていった いつからか用意されなくなった柘榴の食事。勿論貢いでくれる男は腐る程居たから柘榴が食いっぱぐれる事は無かったが セクキャバ紛いのバイト先では柘榴が常にNo.1に君臨していて、何軒もの店を掛け持ちしていた 純粋に稼ぐ事に疲れたのだろうか。どんどん汚れていく自分は昶に嫌われても当然だと思えた 「ザクロちゃん、今度はいつ会える?」 「貴方が会いたい時にいつでも。お気軽に連絡して下さいね?」 ヘドが出る程歯の浮いたセリフと共ににこやかに手を振ってやれば、既に柘榴のヒモになった男は上機嫌で帰って行った ドンペリにブランデーのボトルが2本。指名料にキープ代金も合わせれば結構な金額を落としてくれただろう 加えて柘榴の手元にはあの男からの指輪やらバッグやらが置かれている。お金持ちは便利だなぁと内心嘲笑ってやった 「ザクロちゃん、次の指名入ったけど行ける?」 店で1番の稼ぎ手である柘榴には店長までもがヘコヘコ頭を下げる始末だ しかし柘榴はそんな事お構い無しに、誰もが見惚れる程の笑顔を浮かべて頷いた 「勿論です。どのテーブルですか?」 柘榴はこうして壊れていった 1歩1歩、確実に 最期の日に近付いてるとは気付かずに “最期の日”、ふと柘榴があの家に戻ってみようと思ったのはほんの気紛れだった もう1年以上も顔を見ていない昶にどうしても会いたくて、久々にその声が聞きたくて、柘榴はふらりとマンションに立ち寄った 身に纏っているのは雑誌のモデルをしてもらった服。下着からアクセサリーに至るまで全てがそうだった 1年程前にオートロックになったマンションの玄関で、6桁の暗証番号を打ち込みエレベーターで15階まで上がる リビングの大きな窓から見える夜景は美しかったが、柘榴がそれをゆっくり眺めた事は1度も無い インターホンを鳴らすべきかしばらく迷って、柘榴は静かにドアノブに手を掛けた 案の定鍵が掛かっていなかったドアの隙間に体を滑り込ませ、久し振りに我が家に足を踏み入れる 「……昶?」 休日の午後。鍵が空いていたという事は昶が居るはずなのに、リビングにも昶の部屋にもどこにも姿が見えない 近くのコンビニにでも行ったのだろうか、無用心だと思いつつも柘榴は自分の部屋に向かった 自室には特に用事も無いが、この家に柘榴の居場所はそこしか無かった 久々にゆっくりベッドで仮眠を取ろうか、と考えて、柘榴は部屋の前で立ち止まった 「…ゃ、ん…昶っ……」 「…うるせぇ、声出すな」 言葉を失った柘榴は、そのまま呆然と立ち尽くした 昶だって高校2年生。思春期真っ盛りの男の子なんだから、恋人の1人や2人居て当然なのだ …しかし、なんだろうこのやるせなさは。昶が自分を嫌っている事くらい、もう何年も前から知っていたのに 自分の想いが報われる事など永遠に有り得ないと分かっていたのに ――頬を伝う熱い雫はなんだろう 込み上げる悲鳴は何を叫びたいのだろう 壊れゆく音はどこから聞こえるのだろう 心か、世界か、あるいは希望か 膝から崩れ落ちた柘榴は、昶と女が果てる声を聞きながら 耳を塞ぐ事もできずに、ただただ声を殺して泣き続けた 《†front†》《†next†》 |