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ルチフェルの泪とサタンの唄声
05



「…今までお世話になりました」



深々と頭を下げた柘榴はダニエラに最後の別れを告げた。あれからダニエラと衝突する事も無く、柘榴は何の問題も無く花屋でのバイトを終え彼女とさよならをした



「…柘榴ちゃん、本当に良いの?今からでも取り消せるわ」



怪しい店に柘榴が出入りしている事を知ったダニエラは、幾度となく柘榴を引き止めようとした


しかし然り気無くダニエラを避け続けた柘榴が彼女の気持ちを踏みにじる形で終焉を迎えてしまった



「新しいバイト先との契約も済んだので、…それじゃ」



複雑そうな顔をしたダニエラとは違い、無表情な柘榴


この頃からだった。柘榴が昶以外の他人には、あまり感情を出さなくなったのは























柘榴は時折ふと考える事があった。自分と昶以外の人間の事はあまり良く知らないが、他の人ならあまり考えないであろう事を



この世に悪魔は居るのだろうか。はたまた死神は居るのだろうか。どちらか一方でも両方でも、もし存在するならどちらが自分の願いを叶えてくれるだろうか、と



柘榴は物心ついた頃から、神や天使の類は信じてこなかった


もっとも昶に初めて出逢ったあの日だけは、居ないだろうと内心思いながら神に感謝するほど嬉しかった事は覚えている



柘榴の願いはそれほど贅沢なものでも手に入れられないものでもなく、おおよそ地球上の人間全てが望む事だった


昶は柘榴の願いを知らない。少なくとも柘榴はそう思っていた。“願い”を口にした事は無かったし、昶にそれを聞かれた事も無かったから



世界征服なんて不可能な事は望まない。億万長者なんて夢は見ない。ただ、他人が簡単に手に入れられるそれが柘榴は酷く羨ましかった



柘榴は時折思う。自分は我儘なのだろうか、と。行きたかった高校もなりたかった職種も諦めて、ただ二人で生きていく為に日々努力し続けているのに



柘榴よりも高学歴で恵まれた環境で育ったにも関わらず、ニートやフリーターという堕落しきった生活をしている人達も居るというのに



なのに、何故自分の“願い”は一向に叶う気配すら無いのだろうか


誰もが1度は願うであろう、それほど難しくない“願い”なのに





『シアワセになりたい』





“シアワセ”を知らない柘榴は、それがどんなものか分からない。“幸せ”を経験せずに成長した柘榴は、今昶が“幸せ”なのかも分からなかった



しかし柘榴は“しあわせ”だった。昶が居て、彼に尽くせるから



しかし柘榴は知っていた。“しあわせ”よりも“幸せ”の方が幸福だという事を



だから、





『幸せ、に。なりたいです…』





柘榴の願いはいつでも1つだった。それ以上は望まない、それ以外は欲しがらない、それだけを願ってきたのに



柘榴の“幸せ”は言葉に言い現せるようなものではなかった。柘榴が“幸せ”がどんなものであるのかを知らなかったから



しかし柘榴が思い描く“幸せ”は、少なくとも昶が傍に居ることが、最低条件であり必須条件であったはずだった



柘榴はふと思った





…昶が傍に居るのに、何故今自分は“シアワセ”だと思えないのだろう、と























「帰れよ、今すぐ帰れ…!!」



バシッとノートを投げ付けられて、柘榴は思わず顔を手で庇った


ただの条件反射で深い意味は無かったが、何故か昶はそれにより更に不機嫌になったようで、手元にあった教科書やらプリントの束やらを手当たり次第に投げてきた



「おいっ、昶!?何やってんだよ…!!」



同級生達も昶の暴挙に驚いているが、とにかく彼を止めようと何人かで背後から羽交い締めにする



しかし昶が暴れる力が強すぎるのか、柘榴へと向かって飛んで来る物は止まない



「誰が来いっつったんだよ、誰が来て良いっつったんだよ!?」



両腕をそれぞれ拘束されようやく止まった昶は、しかし柘榴を睨み付ける目を更に鋭くして威嚇する



「目障りなんだよ、人の視界にうろちょろしやがって…!!」



ただちょっと、昶が授業を受けている姿を見られれば良かった。一瞬だけ見たら、昶に気付かれる前に帰ろうと思っていたのに


それなのに、休み時間にちらっと教室を覗いた柘榴を目敏く見付けた昶は急に怒り出したのだ


柘榴も友達も、何故昶がこんなにも怒り狂っているのかが分からなかった。分かっているのは、『お前のねーちゃんすっげー美人だな』そう言った瞬間、昶がキレた事だけだった


この日の為に、滅多に自分の服など買わないのに新しく新調したというのに。せめて昶が恥ずかしい思いをしないように、いつもの倍以上の時間と気合いで身支度を整えて来たのに





「血ぃ繋がってもいないのに、いつまでも姉貴面してんじやねぇよ…!!」





綺麗だ、と昶に誉めて欲しかったわけじゃない。ただ昶の為にそういう努力をしている事に気付いて欲しかった


昶の“反抗期”が始まってから、ずっとずっと耐え続けているというのに





例えそれが紛い物であったとしても、“姉弟”という肩書きを壊してしまえば


二人の間には何も残らないと、柘榴は良く知っていた














○ご注意○


本文にニートやフリーターと呼ばれる方々について若干不適切な表現がありますが、あくまでもこれは小説内での考えでありそれが全てではありません。

こんな世の中ですから、なりたくてなったわけじゃない、という方もいらっしゃるかと思いますので、一概にニート・フリーターを批判するわけではありません。


Master 亞璃朱




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