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ルチフェルの泪とサタンの唄声
04



『授業参観のお知らせ』そう書かれた紙を片手に、柘榴は昶が作ってくれた味噌汁を啜っていた


まだ昶は眠っている。ただ机の上に投げ出すようにして置かれていたその紙切れをじっと見つめ、柘榴はどうすべきか頭を捻った



わざと自分に見付かるように出されていたのだから行くべきなのだろうか。いやしかし、普段の昶の態度を見ている限り絶対来るな、と言われそうだ



冷めた鮭を突つきながら柘榴は視線を昶の寝る部屋へと移す


残念ながら柘榴は参観日というものを体験した事は無い。故に昶がどうして欲しいのかが分からないのだ



来るな、と言いつつ本当は来て欲しいのか。それとも柘榴が来ようと来まいとどうでも良いのか


柘榴にそれを確認する術は無い。昶の嫌がる事はしたくないが、親の居る子と同等の愛情は受けているのだとあの子に分かっていて欲しいと柘榴は思っていた



大切な弟の、家に居る時とは違う学校での顔。柘榴とて興味が無いわけではない。むしろ非常に興味深い


しかし昶は自分を嫌っている。以前友達に会わせるのも嫌だと言っていたから、堂々と保護者席から参観するのはやはり良くないかもしれない


こっそり廊下から覗く程度なら昶も許してくれるだろう。そう自己完結した柘榴は静かに食器を洗いシャワーを浴びに向かった



参観日の日程は7月20日。丁度2週間後だ。何を着て行こうかな、いつもと違うお化粧をしてみようかな、柘榴の胸は今から高鳴っていた



それはさながら恋人とのデートを心待ちにする乙女のようで、柘榴はその参観日が地獄と化してしまうとは夢にも思っていなかった



















柘榴が見付けた新しいバイトは、若干いかがわしい雰囲気のある店だった。しかし時給は良いし面倒なノルマも無いし、店外で客と会う事を強要しないという点で柘榴の利害と一致したのだ



夕方から深夜に掛けて、接客と接待のバイト。18歳以上ですか、と確認すらされなかった事は今更気にしない



無意味にきらびやかで無意味に露出が高く無意味に高そうな衣装を纏い、偽物の笑顔を張り付けて客のご機嫌取り


内心馬鹿馬鹿しいと嘲笑いながら、柘榴はどこぞの社長と名乗った男のグラスにアルコールの高いブランデーを注ぐ



「さ、会社での憂いなんて忘れてお飲み下さいな」



背筋を伸ばし足を揃え、にっこり微笑み掛けてやれば既に出来上がった赤ら顔の男は更に調子に乗る



お試しで、と店主に言われた柘榴はほんの軽い気持ちで店先に立ってみたのだが、予想以上に精神的苦痛が大きい


豪快に笑う男も露出された肩に添えられた手も店中に漂うアルコール臭も、全てが柘榴を不快にさせた



「どんどん飲めよ、ザクロ。今日はワシの奢りだ!!」



今日は、じゃなくてこういう店はいつもでしょう。毒づきたいのを必死に堪え柘榴のにこやかにグラスを受け取った



この店で1・2を争う程いつも大金を落としていくらしい男は、毎回指名率No.1の子しか呼ばなかったらしい


初日、というか研修的な立場である柘榴は男を挟んで反対側に座る女の視線を突き刺さる程感じていた



「社長さん、あたしには構ってくれないのォ?」



男が柘榴ばかり贔屓している事がいい加減許せなくなったのか、女は男の体に寄り添い腕を絡めた


鼻に掛かった、いかにも馬鹿な女が出しそうな声を聞いて、柘榴は不快そうな顔をしかめた。勿論男にバレない程度に



経験上この手の男は女に見下されるのを酷く嫌う、と分かっていた柘榴は女が冷たく突き放されるのを見て表情を消した



「貴様、何様のつもりだ!?ワシは今ザクロと飲んでるんだぞ、邪魔するならどこかに消えろ!!」



昨日までこの男の寵愛を受けていたのはこの女だったのだろう。しかし柘榴の方が圧倒的に格上なのだ


乱暴に腕を振り払われた女は目に涙を溜め、パタパタと控え室に走り去ってしまった



その背中を静かに見つめ、柘榴は嫌なタイプの女を敵に回してしまった事を理解した。ああいう女はネチネチと他人を苛めるのだ



「さあ、仕切り直しだ」



そう言って空のグラスを差し出す元凶に文句を言うわけにもいかず、柘榴は素直にブランデーを注ぎ足した



完全個室の会員制クラブ。どろどろとした人間関係は覚悟しておけと言われたが、元より他人との交流を求めていない柘榴には関係の無い話だった



太股を撫でる無骨な手も、やたら近い顔も、必死に感情を殺せば軽く流すフリなどそう難しくはなかった





−−昶の為に汚れるならば、そんな小さな事に躊躇いは無い。むしろ“昶の為に”という自己満足だけで柘榴は生きているのだ



昶が誉めてくれなくても、昶が認めてくれなくても、柘榴はただ昶に尽くせればそれだけで幸せだった




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あきゅろす。
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