unveil lily



放心した。それはすなわち、意識を手放したということだ。

昼も夜も構わず毎刻少女漫画のごとき妄想で悶えていた俺にとって、まさしくそれは二度とあるかというビッグイベントであった。
妄想の中の俺なら、ハートマークが散らんばかりの愛で応え、この逞しい背中に腕を回しただろう。
しかし人というのはどうしてか予期せぬ幸せに陥ると脳の容量がオーバーし、手の出しようがない。もう入んないよぉ!と蒸気を上げている。いや、泡が噴いて気絶しても可笑しくはない。

かなり迂回した表現をしてしまったのだが、この状況について説明できるほど、俺も現状を把握できていない。
まず確かなことは、部屋の前で待っていた俺に、会長が覆い被さってきたことだ。


「………かいちょ…ぅ…」

このまま諸手を挙げ、目の前の窓からバンジーすりゃ、どうせ醒める夢なんだろうと信じて疑わなかった。
だがしかし!会長の腕!会長の胸板!熱い吐息!纏うフェロモン!、何通りもの妄想で培ってきた本能がこれが夢ではないと叫ぶ!
ジーザス!おー、ジーザス!
はあはあはあ……っ!
いかん、ほうけている場合ではない!余すところなく匂いを嗅ぎ、滑らかな背筋をこの腕に抱き、たっぷり心ゆくまで堪能せねば……っ!!
だが肩に腕を回そうとした瞬間、体がずんと重苦しくなったことに気付く。これが愛の重さなんだね!という訳ではなく、会長が俺に体を預けているという表現が正しい。
え?あれ?あるぇー?


「ど、どどどどうしたんですか、かい……、わっ!」

低身長の俺では耐え切れなくなり、俺と会長は仲良く一緒に寮部屋の前で崩れ落ちたのだった。



「わるい」

死に物狂いになりながら会長をベッドへ運んだ後、俺に言った。言葉を発するのも億劫というような弱々しい語勢だった。「いいえ、これくらい…」と答える俺の声も弱々しかった。
確か、会長の健康診断を盗み見したときの記憶が正しければ、身長178センチに体重60キロとややスレンダーだったはずだ。だが、俺にとっては酷だった。
俺は、会長の親衛隊隊長だ。
王道において、きゃーきゃー叫んだり制裁を命令することしか存在価値のない役割。会長を担いで運ぶなんて筋力はもちろん持ち合わせていないのだ。
どうやら立て続け生徒会の活動をしていたため、寝不足と疲労で倒れてしまったようだ。

気持ちを改め、広い寝室を見渡した。会長の部屋だ。実を言うと、初めて入るのだ。
王道における会長はセフレがいると思われるだろうが、会長はノンケらしい。今まで誰かを抱いたような噂も形跡もないのだ。
あ、形跡がないっていうのは検証済みだ。会長のストーカーと自負している俺が言うのだから間違いない。意外に友達は多いようだが、生徒達との接触はなし。会長の性事情を知る者はいない。

だがしかし!
だがしかし!!
誰も足を踏み入れることを許されなかった、会長の寝床という領域に俺はいる!
洗っていない衣服やシーツがあれば是非ともテイクアウトしたい。会長が踏んだと思えば、床にさえ頬擦りしたくなる。ここは俺にとって、なんたらの埋蔵金より価値がある。
それよりも、と俺は向き直る。
大きなベッドに横たわる会長に、溢れる唾液を飲み下した。

親衛隊隊長へ登りつめた実力という名の性技を今発揮せねば、いつどこでする……!
ベッドの淵に手をつき、はふはふと荒ぶる息を漏らしつつ、眠る会長に身を寄せていく俺。
いつもの凛々しい双眸は閉ざされ、陶器のように滑らか、しかし生きた人肌。これぞ和風男子という精悍な顔つきは、憔悴していても男前だ。
あああ、何でカメラを置いてきてしまったんだ。何度となく盗み撮りをしてきたが、こんな絶好の景色を残せないとは一生の不覚。
PCと携帯のデスクトップそして自室の寝室の天井に貼りさらにプリントして抱き枕も作りたい。もったいない。網膜に焼き付けるには限界がある。




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