気になる視線


(※真央のイメージが壊れる恐れがあります)




「何読んでんだ?」

珍しく遠野が本を読んでいるのを見て、目が止まった。
雑誌か何かの本を片手にしてソファに座っている遠野の前に立ち、上から覗き込んだ。

二人が並んで座ってもまだ空きがあるほど広いソファは、俺達二人の居所となっている。
特に部屋にいても、日本の情報を流したテレビ(といってもニュース番組のチャンネルしか映らない)を見ることはなく、ただ二人でのんびりと何かをしながら座っているだけだ。

ある日、遠野が「お前の魔力の匂いを近くで嗅いでいたい」とか、変態じみたことを言い出し、やたらと俺に引っ付いてきたときがあった。
「いつもみたいに誰かを抱いてこいよ」と呆れながら言えば、「今日は気分じゃねえ」と返された。
それからは、何故かお互いが部屋にいるときは、個室にいることはせず、このソファで過ごすようになったのだ。

覗き込むと、遠野は避けるように、本を俺の目から引き離した。内容はよく見えなかったが、ピンクっぽいページの本だったように思う。
そんな可愛らしい色と、遠野の無愛想な顔つきがどうも不思議で、俺は「何だよ」と眉を顰めながら、いつものように座った。


「……おい。なあってば。何読んで…」

無視されたのが面白くなくて、遠野の腕を掴みながら、隣へ身を乗り出した。
しかしその本の内容が目に飛び込んできた瞬間、何喰わぬ顔をした遠野を睨み上げた。


「お前…、何読んでんだよ…」
「見て分かるだろ」
「そういうのは自分の部屋だけで見ろ、馬鹿野郎…!」

俺の目に飛び込んできたのは、女性が淫らな表情やポーズで映っている写真ばかりだった。
つまり、この雑誌は世に言うエロ本というやつ。

魔界にもこういう男性向けの娯楽雑誌は存在する。
俺はそういうものに縁がないので詳しくは知らないが、サキュバス(女の淫魔)がモデルになっていることが多いらしい。
さらには、魔物に特徴的に生えている角や牙にフェティシズムを感じる者もいるそうで、そういったものは特に人気があるそうだ。
聞いただけで、一線を置きたくなるようなディープな世界である。


「こういうの見るのか?」
「見ねぇよ。もうお前近寄んな」

ちらりと見つつ、俺は遠野から距離を置くと、手元の文庫本をぱらりとめくった。
すると、雑誌に目を落としていた遠野もページをぱらぱらとめくりながら、ソファの背もたれに寄りかかるようにして項垂れた。


「見てても勃たねぇんだよな…。むしろ、俺としてはお前がこれを見て興奮してるところを見てる方が興奮するかもな」
「頭大丈夫かよ、お前。……って、何、」
「我慢してねぇで見ろよ。これ、人間界のエロ本だから貴重だぞ」
「は?お前そんなの………、どこ…で…」

そう言って、にやにやしている遠野に色々とつっこみたいところもあったが、目の前に開いた雑誌を向けられ、不本意ながらそれを暫く見てしまった。
どこを見ても、柔らかそうな女性の肌色、肌色、肌色。黄色人種の日本人のようだった。
眉を歪めながら見たそれには、男の欲を煽るような、それでいて馬鹿らしい妄想のような台詞が付けられていて、男は哀しいなと何だか不思議な哀愁を感じた。

そして溜め息を漏らしつつ、目線を反らしつつ、本当にただの興味本意でページの端を摘んでめくってみる。
しかし、遠野がそれを珍しいというように見てきたので、居た堪れない気分になってしまい、雑誌を突き返した。


「……やっぱり見ない、でいい」

言ってから、失言だと気付いた。
“やっぱり”なんて言い方だと、「見ようとしてた」と思われてしまうじゃないか。
再び目線を文庫本に落とし、冷静を取り繕ったが、敢えてなのか何も言ってこない遠野に、今更恥ずかしく、悔しくなってくる。
さっきの失言を考えれば考えるほど顔が熱くなってきて、じろりと遠野に目を遣った。
すると遠野は、背もたれに頬杖をつきながら、ぽつりと呟く。


「………やべ」
「あ?」
「勃ちそう」

俺は無言で、文庫本の背表紙をその頭に叩きつけた。





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