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しかし兄貴がホモだとしたら、もし和高が泊まりにきて、同じ性癖を持った和高に迫られたら、抱かれたいと思ったりするんだろうか。
有り得ない馬鹿話だと思いながらも妄想が飛躍し、あのときを思い出した途端に嫉妬と苛立ちで吐き気がした。
眉間の痛みに耐えながら、「おーい」と電話口から聞こえてくる声を暫く無視する。


『……お前、マジで大丈夫か?』

風邪をひくと、不幸になったり気が弱くなったりするというが、まさにその通りなのかもしれない。どうかしている。
込み上げる気分の悪さに、ごほごほと咳き込む。その音さえ耳障りで、朦朧とした意識のせいで廊下が軋む音を聞き逃した。


「治ったんだよ」
『おい、病院行けよ』
「治ったつってんだろ」
『安心しろよ。俺は尚之ちゃんと仲良く家で待っててやっからよ』
「尚之は俺のモンだ」

電話の向こうで、和高が変な奇声を上げた気がした。


「てめぇに食われるくらいなら、俺が食う」

すると、ごんと何かがぶつかった音が鳴り、その方向へけだるげに目を遣った。
開けたドアから、昨日と同じように土鍋を載せたお盆を持った兄貴がいた。さっきのは、ドアにお盆をぶつけた音らしい。
目を丸くして、口をぽかんとさせている間抜け面を見て、さっき思わず口走った台詞を思い出した。


「…………………えっ、ひぇ」
「そこ、下でいい。置いてけ」
「ぇ……あう………」

何度もこくこく頷く度、じわじわ顔を紅潮させていく。カーゴパンツを穿いた柳葉魚みたいに細い脚を折って、しずしずと床にお盆を置いた。
「何、兄ちゃん!? 代わって代わって!」と耳から離していても聞こえる大声を遮断させ、ベッドから起き上がった。


「勘違いすんな。メシの話だ」
「あっ、あああ、うん……」

今度は、何度もこくこく頷く度、じわじわ顔の赤らみが引いていく。
盆を引き寄せ、兄貴が自分の部屋から持ってきたミニテーブルの上に置いた。子供の頃のものだろう、謎のレンジャーなのかライダーなのか特撮の絵があった。
器の蓋を開くと、美味そうな鰹出汁の匂いがした。


「おれ、あと三十分くらいで、バイトあって、」
「ああ」
「晩御飯の頃には帰るけど、」
「わかった」

ふと、懐かしい会話だと思った。
なら、好都合だ。これから和高が家まで乗り込んできても大丈夫だ。
無愛想のまま、木製の蓮華で雑炊を口に運んでいると、兄貴は正座をしたままで俺と目が合うとにこにこ笑った。やはりポメラニアンだ。


「咳してたみたいだから、ちゃんと薬飲んで、」
「早く支度してこいよ」

俺が咳をしていたのを聞いたということは、あの会話も聞かれていたんだろう。
いそいそと兄貴が出ていった先を見つめてから、窓に目を向けると寒空に白い雪が舞っていた。




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