4


ずるずるとうどんを食べる廣之に、にこにこ笑いながら話しかけた。


「父さんと母さん、今温泉旅行に行ってるんだよ。ペアの懸賞があたったんだって」
「あっそ」

妙にそわそわしていた。もっと話しかけたかったけれど、邪魔しちゃいけないと思って噤んだ。
黙って食べてくれてるということは不満はないようだ。しかし顔色を窺うのも嫌がられるかもしれないと思い、座りこんだまま俯いた。


「…………食べ終わったら、薬飲んで……な?」
「………。」

無愛想なまま、首を縦にも横にも振ってくれない廣之。
ちゃんと布団をかぶって寝ていてくれたみたいで、アクエリアスも少し減っている。ほっと息をついて、ふと体温計を見てみれば数字を示している。

………38.5。
よく分からないが、標準だろう。発熱にものさしがあるのかは分からないけれど。
ちゃんと測ってくれたと分かっただけで嬉しくてたまらなかった。

本当は聞きたいことがたくさんあった。でも触れてはいけないような気がした。
そのとき、携帯が鳴る。
今度は何だと思えば、やはり合コンを誘ってきた友達だった。


「はい、何……だから合コンなんか行かないって。弟もいるし」

すると、廣之がじろりと睨んできたのに気付いて、急いで部屋の外へ出た。
きちんと断り、また部屋を覗きこむ。


「ごめん、食べ終わった?」
「合コンって何」

間一髪も入れずに問われる。俺が出掛けたら寂しいのか可愛いなあ、と嬉しくなった。


「なんかね、大人のおねーさんたちと合コンするらしいんだけど、欠員したから俺が代打っていうか」
「それ、俺」
「え?」
「その欠員、つか幹事、俺」

返されたお盆を持ちながら呆然となった。
すると廣之は気分が落ち着いたのか、淡々と話し始めた。


「俺がそのおねーさん共に顔が広いから美人集めてくれって言われて、年上好きの奴らが集まって合コンやるっつー話」
「あ……あー、そうなのか…」

少し日本語がおかしい気がしたが、廣之はそう言いながら布団に戻った。
たまたま、友達が廣之とも顔見知りだったのか。それで、廣之が風邪ひいて行けなくなったから、代わりに幹事を任されて。
そして、廣之と同じ苗字という理由だけで、俺を誘ってきたのかもしれない。まさか俺と廣之が兄弟なんて思いもしなかったのだろう。

でもやっぱり年上の女の人にモテるんだなと複雑な気持ちでいたとき、廣之の携帯が鳴った。
しかし廣之はそれを無視して、挙げ句には電源を切った。


「まあ、殆ど俺が捨てた女ばっかだけど。会いたいつったら待ち合わせ場所で合コンってのも、おもしれーかなって」
「え」
「逃げるつもりでいたら風邪ひくし、場所見つかって喚きちらされんのも面倒だし、ここに来たら見つかんねぇと思ったら、お前いるし」
「う……うん」

“お前”
その呼び名に、ひどく敏感になってしまった。お盆を持った手が震えた。
淡々とした何気ない口調が、心に突き刺さる。
どうしてだろう。

初めて、廣之のことが怖いと思ってしまった。

廣之は、呆れたような笑いを漏らした。


「でも案外便利だよな」

何も言えずに、空になった土鍋に視線を落とした。
他人のようで、まるで別人みたいで。兄と弟という関係を、廣之の背中を見ていて一切感じられなかった。
廣之の背中はこんなに広かっただろうか。襟ぐりに走る赤い爪痕は誰がつけたものなのだろうか。
聞いてはいけないと思っていたことが自分の中で露呈する。

すると、立ちつくす俺を廣之が振り返り、「あと、聞きたかったんだけど」と言われた。


「お前、ホモなの?」

“嫌われた理由に、思いあたる節がある”
あのときまさか、いやそれはないだろうと思っていたことが、鮮明に頭に蘇ってきた。

俺は逃げるように部屋を立ち去った。




<<<>>>
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!