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冬ともなると風邪をひきやすくなるのは確実である。テレビで予防や対策の特集番組を見ていると、気をつけたいものだと日頃から思っている。
しかし、うちの家族は体が丈夫なのか風邪をひいて大慌てしたことはあまりない。
それはつまり、もし風邪をひいたときの対処法に慣れていないということでもある。

窓の外では、冷たい風がびゅうびゅうと吹き荒れている。
普段あまり使うことのないパソコンの前で、俺はメモをとっていた。
ぶつぶつ言いながら、そのメモと「風邪 高熱 準備」というワードで検索したページを交互に見つめる。


「えっと……スポーツドリンクって…アクエリアス?ポカリスエット? どっちも同じか? ……いいや、どっちも買おう」

辛いものと脂っこいものは駄目なのか。初耳だ。
冷蔵庫に保存が長くできるもの、ゼリー、プリン、ヨーグルト、冷凍うどん……全部買うには多い気がするがページに書かれているもの全てをメモしていった。
あとはアイスノンとマスクとビタミンCのサプリも……。
さっき救急箱を覗いてみたら、いつから使ってないのかと懸念してしまうような常備薬をいくつか発掘した。
……バファリンとかも買っとこう。

そんなこんなで汚い字で埋めたメモを掴み、炊飯器にスイッチを入れてから上着とマフラーを手に外へ出た。


「うわっ……さむ…!」

北風に当たられ、思わず大きな声をあげた。はっとして周りを見渡す。誰もいなくて、ほっと息を吐いた。
その息は白くなり、目の前でふっと消えていった。

風邪をひいたのは当然俺ではない。
弟である。

俺の弟は大学生で、19歳。友達や彼女の家に泊まっていることが多いのか、家に帰ってくるのを殆ど見たことがなかった。
ところが突然、今日帰ってきた。顔色を悪くし、ふらふらした足取りで、激しく咳をして。
二ヶ月ぶりに見た弟にしてもそうだが、その明らかに具合の悪そうな顔色に驚き、どうしたのかと声をかけた。
だが弟は俺を見るなり眉を顰め、「何でもねぇよ」「関わるな」と言って自分の部屋へ向かった。
心配になって部屋をノックしても、頑なに「入ってくるな」と拒絶を返されてしまった。


「やっぱ嫌われてんのかなぁ……」

弟が遊び人で不良なのは前々からだったが、高校時代までは結構仲がいい方だったのに。
いつまでも子離れしない両親は、突然の弟のプチ家出に「どうしてなのー」と泣いていたが。
そして、そんな両親は今、温泉旅行中でいないのだ。ちょうど大学が冬休みに入りバイトも休みの俺が家にいて、本当によかったと思う。
さすがに放ってはおけない。せめて何かしてやらないと。
あれでも可愛い弟なのだ。こんなときぐらい仲良く、兄貴面したい。
その一心で、俺はスーパーとドラッグストアへ足を運んだのだった。




二階への階段をあがり、部屋の前へと忍び足でやってきた。


「廣之ー、あのさ、」

呼びかけた途端、どんとドアに何かを投げつけられたような音がした。帰れってことなのか…と少し肩を落とす。
しかし手に持ったものを見下ろしていると諦めきれず、ドアノブにそっと手をかけた。
開けたドアの隙間から覗くと、ベッドで死んだように寝転がっている弟に睨みつけられた。


「んだよ……入ってくんなつってんだろ」
「でも声も枯れててひどいし、風邪なんだろ? これ買ってきたから…」

提げた袋をあげてみせると舌打ちまでされてしまって、その手と眉尻をしゅんと下げた。
どうしてこうも嫌われているんだろう……。




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