噛み跡と煙と
愛していると言いたくて、唇にかぶりついた。
愛していると表現したくて、肌に噛みついた。
首筋、鎖骨、腕には歯型がくっきりと浮き上がり赤い歯の列が楕円を描いて残っている。
この前につけた歯型は紫色に染まってまだここに、在った。
「痛いよ、」
何が。独り言にしては投げられた言葉に、そう聞き返すことはなかった。
煙管をふかしている横で足をはためかせている昼のオレ。ちらちらと布団から出ている生足に気を取られ、…ああ、炭が布団に落ちちまったじゃねえか。
灰を指ですくい、灰皿へ落とす。現代と古代の情緒のない組み合わせなんて今更。
灰が黒い墨になり、白いシーツが汚れた。面倒だと払った灰は更に伸びた。
「聞いてる?人の話」
「……さぁな、人の話を妖怪は聞かないんじゃねえのか」
汚れたシーツと格闘している苛立ちを、つい軽く言葉にしてしまった。
気付いた時には既遅くスッカリ反対方向へと体を横に向けている。
「、……リクオ」
返事は、ない。
仕方がなしに放っておくことにしておきたい…が。
放っておくと後々辛辣なことが待っているのを分かり切っている俺は策に打って出た。
ふかしていた煙管を逆さまに灰皿の内へ灰を投げ入れる。
カンカン、と縁を打ってそのまま窪みにはまるよう丁寧に置いた。煙りは部屋へ充満するのを止め、ただ天井が吸っていく。
背中をこちらに向けた儘の相手。その愛しい筋に指を這わせてゆっくり下へとなぞる。空いた片手を後頭部に添えて髪の毛を慈しんで遊んだ。
首筋に残っている傷跡と化した歯型に唇を寄せて吸う。
ちいさく、ちゅ、と音が鳴った。
くすぐったさに身じろいだ相手はようやく振り返り、間近と迫った瞳同士は吸いつき離れない。
同じ体の筈なのにどうしてこうも違う生き物なのか。
自分と同じ体は体温の違いすら見いだせないというのに。
自然と寄った眉間の皺が己でも分かった。
「………痛かったか?」
主語はなしに問いた言葉。
大きく縁どられている年相応なまざしは細められた。
嫌味もなく、ただただ優しげに。
どうしたのかと首を傾げてみせれば、手を差し伸べられて腕が巻きついた先は背中。
包みこまれる感覚に安堵をおぼえた。
「そりゃあ痛いよ」
「………悪い」
「…だけど、さ、」
君のモノだった感じれる至福の印でもあるんだよ。
だなんて耳打ち際に囁くもんだから。溢れでるくらいの思いを零さないように、その薄紅色の唇へと噛みついた。
白い微睡みへとまた手を伸ばす。開いた障子からは相変わらず立派な桜が咲き乱れている。
よそ見をしていたせいで髪の毛を引っ張られてしまった、痛い。
ああ、そうだ。痛い、だ。
煙草の煙臭さはもう、消えていて。
210917
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