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五月雨

がしゃーん、またかよ、ぱりーん、いい加減にして何回やれば気が済むのよなんてことは日常茶飯事。ナルトは新しく始めたアルバイト、つまるところ飲食店のウエイトレスという仕事に苦戦を強いられていた。先ほどの叱咤も苦じゃないなんて言えば嘘にもなるし、苦だといえば嘘だった。緊張感というものはもっていてもそれをどう使っていいのか分からないでいる。お客様を接待しようにも笑顔がひきつるし、自前の大声だって緊張しすぎて満足にだせたものではなかった。一人暮らしのナルトに家族はいなかったし、親族からの仕送りも晴れて2カ月前に受かった高校県立高校の授業料と家賃をしら払うのに精一杯。自給自足を強いられるようになったが自炊ができない為に浪費生活が仇となった今。時給の高い駅前の喫茶店で働くものの、いかんせん勝手がナルトには全て当てはまらないのである。丁寧な言葉づかいに笑顔での接客。なんだかんだと日にちが過ぎ片付けやマナーを1から10まで教え込まれたころにはメモ帳が一冊埋まった。それでも未だ不慣れな部分が大半だったためサクラに怒られてばかりだ。

「ちょっとナルト、あれだけ復習してきなさいって教えなかったっけ?」
「ごめんサクラちゃん…オレってばメモの文字が汚く「いらっしゃいませお客様、三名様でしょうか?」

弁解する余地もままならないまま新規の客が入店してくる。通路を占領しながら出入り口に背を向けるナルトの肩を押しのけてサクラは接客に励んだ。仕事に厳しいサクラの口調と指導には威厳があった。実はこの店、サクラの実家が経営している喫茶店だったりする。ナルトがうなだれている間もなくフードの完成のベルが鳴った。ホールの隅っこに設けてあるキッチンへ歩み寄り、木材の昔ながらの扉に仕切られているキッチンへ顔を出す。

「フードありがとーございま、す…」
「お願いします、214卓のお客様へ間違えないように」
「はい!」

運びやすいように台へ置かれた品を見てから伝票と照らし合わせる。お礼をいいながら持ち運ぶために用意をしていると、中から同じ年ほどの男子が声をかけてきた。名をサイと言っていた。彼はいつもは誰も言わない言葉をかけてくれる。例えば、ここは挨拶だけを交わすだけの場所だが間違えないように、とか、危ないから気をつけて持って行ってね、だとか忙しいときは変わりにアイコンタクトをしてくれたりもする。それがナルトには唯一のオアシスだった。カラン、いらっしゃいませ、いえあの店長はいらっしゃいますか、ええ少々お待ちください。料理を運んでいる時にちらと見た顔。同じ年くらいだろうか、やけに小綺麗な顔立ちだとナルトはぼんやりとそう思った。店長、つまるところのサクラのお父さんは彼を連れて奥の控え室へと入っていったのを見送る前に帰宅する客にレジを頼まれてしまった。ただ予感だけはあった。良くないものなんだろうという予感が。



お先上がりますお疲れさまです、はいお疲れまた明日ね、同じ時間ですよね宜しくお願いします、こちらこそじゃあ気をつけて、ありがとうございますでは。深々とお辞儀をして裏路地より店を出た。深夜に突入する時間帯の空気は昼間よりも澄んでいる気がしている。駅に向かうため大通りの横を通る。その大通りには木々が道並みに植えられていた。桜が葉だけになった木を見上げる。この都心の中からでは星はない。空が明るいからだ。膨大なゴミのなかへ一人ぼっちに放り込まれた気分に陥った。疲労と緊張と苦痛が弾けた瞬間だ。はやく家に帰らなければ。あしたも学校は早いのだ。アルバイトに入ったころはため息もするのを忘れていた筈なのに、今ではため息を零しながら道を歩んでいる。学校は底辺を争うほどに勉強が苦手でありアルバイトでは気の回らないことばかり。正直、面白いのは自分の時間だけ。殻に閉じ籠もる性格でもないが八方塞がりが続くとなると憂鬱な気分に浸れてしまった。頼みの綱の好意を寄せる女の子は自分の指導者なのだから、実るとも思えなくなってしまう。後ろから小さな声が聞こえた。ナルトは首だけを回して振り向く。

「お疲れさま、今日は上がるの遅かったね」
「お疲れさん。そっちこそ」
「買い物してたから」

ほら、近くのコンビニを指差しながらサイは微笑んだ。同時期にアルバイトとして入ったサイは物覚えが各段によかった。彼が持っているメモ帳の数はもう三冊目になっているのを見たことがある。まだ二冊目の2ページ目しか手を着けていない自分の汚いメモ帳を思い浮かべて切なくなる。明日も予習をしなければ。そういえば宿題もあったな、だなんて本業が逆さまになっている。

「でさぁ、ナルト」
「なに?」
「間違えは誰にでもあるよ、だから迷惑かけないようにね」
「、う、ん」
「頑張ろう」

そうか自分は今まで頑張ってなかったのか。ナルトはそう思った。励ましにも皮肉にも受け取れない儘に二人は駅前で分かれた。サクラは本日面接に来ていたあの男にホの字でサイは自分のミスをしないことだけを目標に掲げていることが伺えた。お腹が痛くなった。そんなことを腹をさすって駅の階段を降りながらぼんやりと考える。
















21.0415


あきゅろす。
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