On the way back home
時枝充との邂逅

 財布と携帯だけを持って、繁華街へやって来た。ぶらぶらとウィンドウショッピングをしても、目的がないのだから何も見つからない。勉強と同じだ、目が滑る。衣料品店を離れ、雑貨店の入り口を彷徨いてみても、何の成果も得られなかった。

「あれ、成海?」

 そこに、名前を呼ばれて振り返る。

「あ、とっきー」

 そこには、中学の時の同級生が立っていた。

「久しぶり! クラス会以来? テレビ観てるよ」
「ありがとう」

 久しぶりなのに、テレビで一方的に見かけているから久しぶりという感じはしなかった。

「何してるの、テスト期間じゃなかったっけ」
「ちょっとぶらぶらしてるだけ。時枝くんは?」

 他校のテスト期間まで把握してるんだ、と感心しつつ返答をボカす。

「任務の帰りに少し買い物してたんだ」
「それはそれはお疲れ様です」
「いえいえ」

 時枝くんは中学の同級生で、それなりに仲が良かった。それなりというのは、クラスの中ではよく話す方だったけど、卒業してから個別に連絡を取ったりはしないというレベルである。時枝くんの元気そうな姿は連絡しなくても確認できるから、特に連絡を取ろうと思う機会がないのだ。忙しそうだし。

「そうだ、折角だからちょっと聞きたいんだけど」

 ここで出会ったのも何かの縁だ。

「ボーダー隊員って、突然呼び出されることってよくあるの?」
「まあ何か近界民絡みであれば呼び出しはあるよ。基本は勤務予定組んでるし、メディアの仕事もスケジュール組んでるから急な呼び出しはそれほどないけどね」
「そっか……」

 指を唇に置いて、私は俯いて唸った。時枝くんは模範通りに答えてくれて、私の疑問の解決には至らなかった。そんな私の姿を見て、「何かあった?」と時枝くんは少し微笑んで問い掛けてくれる。誰かに似た、少し重い瞼にのしかかられている瞳をじっと見つめる。彼なら、信頼できる。

「他言して欲しくないことなんだけど……」
「わかった」

 私が言い淀むと、時枝くんは簡単に頷いた。それに私は少しホッとする。

「菊地原くんってわかる?」
「もちろん、知ってるよ。同じ学校だったよね?」
「うん、あの……彼、よく呼び出されて。さっきも」
「ああ、付き合ってるんだ」

 察した時枝くんの言葉に、無言で私は頷いた。さっきの出来事がなければ、素直に肯定できなかっただろう。

「休みの日も会えないし、会えても邪魔されて……これって普通?」
「ああ、菊地原なら普通かも」

 我ながら恥ずかしいこと聞いてるなと思ってもじもじしていると、時枝くんは納得したように頷いた。私は首を傾げる。ボーダー隊員の普通ではなく、菊地原くんの普通とは。

「風間隊は優秀だし特殊だしね。特に菊地原なら防衛任務以外の仕事も多そう」

 付け加えられた説明に私は更に首をひねるしかない。そんな様子の私を見かねて、時枝くんが要約する。

「まあ色々菊地原が優秀だからちょっと人より仕事が多いんだよ」

 だから、我慢してやってと言外からに言われた気がした。私には何もわからない。また、溝が見えた。

「……私も、ボーダーに入れたらな」

 唇を噛んで俯いた。

「確か、入隊試験は受けたんだよね」

 窺うように問われる。私が入隊試験を受けた時期と時枝くんが入隊したのは確か同時期だった。だから、時枝くんにそういう話をしたことがあった。

「うん、でも落ちて。今なら、オペレーターもいいなと思えるんだけど」

 菊地原くんに聞くボーダーの話は、基本的に風間隊のことだ。風間さんと歌川くんのことは知っているが、同じ高校の2年生にあたる三上先輩がオペレーターを務めているらしい。戦闘員は基本的にオペレーターを介して戦況を把握しているという。チームにおいて欠かすことのできない存在だそうだ。
 それまでは、守るために戦えなければ私にとっては意味がないと思っていた。でも、今は真意はどうあれ、菊地原くんが私のことを助けてくれると言ってくれた。実際に助けてくれた。そして、思ったのは一緒に戦いたいということだった。私には戦う力はない。そこで思い出したのは、菊地原くんに言われた「オペレーターは?」という言葉だった。私にできることといえば、助けてくれた人を支える立場になることくらいだ。

「じゃあ、なる? 取り次ごうか?」
「えっ……そんな急に」
「いや、成海がそうしたいならだけど」

 私の想いを見抜いたのか、ごく簡単に時枝くんが言う。

「……やりたい」

 時枝くんが1つ頷く。

「わかった」

 時枝くんが、ポケットから携帯を取り出してその場でかける。

「時枝です。今時間大丈夫ですか?」

 時枝くんの会話がどこか遠くに聞こえる。本日の急展開に頭がくらくらしてくる。

「……はい、成海葵です。…………今日ですか?」

 一度、時枝くんが電話を耳から離して、マイク部分を軽く指で押さえ、こちらに振り返る。

「成海、今日これから時間ある?」
「大丈夫」

 こくこくと頷くと、時枝くんは通話を再開して、すぐに終えた。

「今から入隊手続きするから、本部に案内するよ」
「今から?」
「うん、2つ返事だったよ。もしかしてこれから予定ある? 試験前だったよね」
「ううん、どうせ勉強しないから大丈夫。それより、さっきまで任務だったのにごめんなさい」

 帰りがけにUターンさせるなんて酷い。申し訳がなくなって、謝罪する。

「大丈夫だよ。うちは試験前じゃないし」

 表情を変えずに、時枝くんは軽く手を振った。ヒーローだ、と思った。自分の苦労を滲ませないところが。

「ありがとう」

 ヒーローに伝える言葉は、謝意に限る。


(2018/07/12)

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