正しい生き方
あわないパズル

 意識を取り戻して最初に聞こえたのは、伏黒くんの声だった。

「伏黒くん……?」

 妙に強張った体に何とか力を入れて上肢を起こしてみると見えた伏黒くんの表情は何とも言えないものだった。悲痛、いや安堵? 慈悲のような後悔のような驚嘆のような、そのどれとも言い難い表情を浮かべていた。

「私死ななかったっけ?」

 記憶は、命を代償に伏黒くんを呪ったところで途切れている。最後の記憶を頼りに発した私の問いに答えたのは、伏黒くんではなかった。

「死んでたよ」
「五条先生」

 伏黒くんの背後にいた五条先生と目隠し越しに目が合うと、歯を見せて笑いかけられた。

「けど、恵の愛の力で復活」
「愛?」
「おい」

 一言も発さなかった伏黒くんがようやく五条先生にツッコミを入れ、そして、私に向き直った。

「そんなことより、体は大丈夫か?」
「うん、何ともない……あっ、足!」
「家入先生が治してくれた」

 身体に強張りを感じる以外に不調はなかった。最後に見た時には見るも無残に潰れていた片足も、元通りに綺麗な形で存在していた。さすが家入先生。

「伏黒くん……?」

 私の身体は何ともないのに、神妙な顔で私を見下ろす彼が気にかかる。恐らく私は中々に酷い状態だったのだろう。全く実感は持てないが。それに、私の望み通りの結末に自分自身が驚くことは何も無かった。それでも、なぜか彼の反応が妙に感じた。そこで、先程の先生の言葉からある可能性が頭をよぎった。

「伏黒くんが助けてくれたんですか?」

 直接問わなかったのは、否定される気がしたから。

「そうそう、愛の力でね」

 五条先生には茶化す物言いで返された。不安が過ぎる。

「それって、何か代償を払ったって意味?」
「違う」

 私の声をほとんど遮る形で伏黒くんに断言された。その様子に更に不安が募る。

「違うから気にするな」
「まあそういうこと」

 五条先生を窺うと、先生も同じように頷いた。とりあえず安心して良さそうだ。

「はいはい、生きてるならもう出て行きなよ」

 そう告げられて、伏黒くんと二人、部屋から追い出された。

「寮まで送る」
「あ、……ありがと」

 ぎこちなく頭を下げて、廊下を進む伏黒くんに続く。

「どうやって助けたの?」
「しつこいな」
「いや、だって……。変なことしてないよね?」
「多分、オマエのいう『変なこと』はしてない」
「それってどういう意味?」

 どういう定義の変なことならしてるんだ。私の定義では、何かしらの犠牲を払うことなんだけど、おそらくそれは問題ないらしい。

「まぁ、大丈夫なら聞かないけど」

 本人には言わないとか、そういう縛りかもしれないし。一つ問題が一応は片付いたので、言うべきことは他にある。

「…………ありがとう、助けてくれて」
「何なんだそれは」

 伏黒くんが不意に足を止めた。

「何って……命の恩人に対するお礼だけど」

 当たり前のことを問われて戸惑う。何だ、勝手に死んだ非礼を詫びろとでも言うのか。

「オマエは、俺を助けたんだろ」

 静かに俯きがちに、伏黒くんは息を吐くように言った。少し苦しげに見えた。

「けど、私が負傷しなければ、いなければ、伏黒くん一人なら、どうにかなった場面でしょ。寧ろ私のせいでピンチになったから、お礼で何も間違ってないよ」
「俺を助ける必要なんて無かった」

 驚いたことに、伏黒くんは本当に詫びを求めていたらしい。

「ごめん、私力量を見誤ってた……?」

 なかなかのピンチだと思っていたのだが、私は本当のところ伏黒くんの力を分かっていないところがある。普通に勝てる相手に、勝手に死んでいたのだとしたら文字通り無駄死にだ。

「違う、草薙のおかげで助かった。そこは感謝してる」

 何とか、とんでもない大うつけであるという不名誉は回避していたらしい。伏黒くんが怒っているらしい理由がさっぱりわからない私に痺れを切らして、伏黒くんが再び口を開く。

「俺のために、草薙が死ぬ必要なんてない」
「どういう意味……?」
「言葉通りの意味だ」
「……私言ったよね、私は人を助けて死ぬって」
「助ける人間を選ばないのは美徳かもしれない。でも、死んでまで助ける奴は選べ。わざわざ俺を助けるな」

 人を呪った私は、人を助けて死ぬのがお似合いだ。だから、助ける人は選ばない。……でも。

「伏黒くんだって私を助けてくれたじゃない。初めて会った時も、今日だって……!!」
「俺は、助ける奴は選んでる」

 少しずつ感情的になる私に対し、伏黒くんは極めて冷静に告げた。
 伏黒くんに選ばれた、そのことを今は喜ばしくは思えなかった。

「……それは、私が呪術師だから?」
「違う」
「それなら善人にでも見えた? ……でも、一度は人を呪った人間だよ。私が今後人を呪わないって言える?」
「もしそうなったら……その時は俺が」

 伏黒くんの言葉を遮るように、ただ思いの丈を連ねる。

「助けた人間のことを背負わなくていい。私は、伏黒くんの荷物になりたくない」

 人を区別しないということは、その代わり誰のことも責任を取らないということだ。伏黒くんは助ける人間を選ぶ代わり、その責任を取ろうとしている。自ら重い選択をしようとしている。だから、せめて私だけは、私くらいは、その荷物を軽くしたいと、そう思うのに。伏黒くんの選択が間違いじゃないと言いたいのに、伏黒くんは私にその荷物を減らす手助けをさせてくれる気は毛頭ないらしい。

「……お前は間違ってないよ。でも、俺も曲げる気は無い」

 助ける人間を選ぶことの是非に帰着してしまい、私の声は届かない。

 救う人間を選ぶことが良いか悪いかなんてわからない。悪いことだとは絶対思わない。だって、……私だって。

 私は助ける人間を選ばない。でも、本当は選びたい。選んで、伏黒くんを助けた。

「……うん」

 その選択を謝ることだけはできなくて、私は頷いた。私も曲げる気はない、それだけは本当だから。



(2020/07/01)

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