正しい生き方
余談



 重大な問題が発生した。

 問題は解決しなければならない。まず聞き取り調査を行う。虎杖くんから「あー、そういえば知らねーなぁ……」との回答を得る。寧ろなんで知らないのか、逆は知っていたのに。野薔薇ちゃんに協力を申し込むと引き受けてくれたが、すぐに「飽きた」と自室に帰ってしまった。なんて頼りにならない仲間たちだろう。二人揃って「本人に聞け」と言うし。本人に聞けていたら苦労はしない。だが、他に方法はなし。背に腹は変えられない。いざ出陣と覚悟を決めて、本人に切り込んだ。

「伏黒くんって、どういう感じの子が好み?」

 頭の中にはアイドルがセクシーかキュートかを問い掛ける曲がエンドレスリピートしていた。

「は?」

 当の本人は、東堂みたいなこと言い出したぞコイツ、と胡乱な目で私を見た。正直傷つく。

「いや、違くて……今度着ていく服迷ってて、参考までに聞きたいなと」

 伏黒くんの部屋で映画を見た日に設定した、デートの日が週末に迫っていた。私は伏黒くんの好みを知らない。デート服に悩んで相談しても、虎杖くんは知らないと言うし、野薔薇ちゃんはファッションショーに最後まで付き合ってはくれなかった。今まで伏黒くんの前では、できるだけ全方位好感度の高いファッションで外さない方向にしていた。一人で頑張っていただけだけど。そろそろ直接聞いてもいい頃のはずだ。

「あぁ……」

 納得したような薄ぼんやりした相槌を打って、伏黒くんは遠い目をした。

「ちょっと答えてよ」

 あまりに魂のこもってない受け答えに思わず肘で脇を突き、返答をせっついた。

「似合ってれば何でも良いんじゃないか」
「じゃあ何が似合うと思うの?」

 無難で他人事な回答。私は伏黒くんの答えを知りたいのに。伏黒くんをつまらないという東堂くんの気持ちが少しわかってしまった。膨れっ面で返すと、なにキレてんだよ、と伏黒くんは少し困惑していた。

「何でも似合うだろ」
「テキトー言わないでよ」
「だからなんでキレてんだよ」

 面倒だと思われてるなコレは。はぁ、と大仰に溜息を吐いて半ば諦めつつ、最後の質問でこの無意味な問答を締め括ることにする。

「今まで着てた中でアレ良かったなぁ〜みたいなのってあった?」

 伏黒くんとはもう五ヶ月近い付き合いだ。私服で会う機会ももう数えきれないほど、何てったって寮だし。我ながら私服の幅は広い方だし、一着くらいは刺さるものがあったかもしれない。薄い期待で聞くと、ふと伏黒くんが顔を上げる。

「あぁ、それならアレ……」
「どれ?」

 心当たりがあるとは思わず、食いつき気味に伏黒くんの返答を急かす。

「虎杖と出掛けてた時の」
「ほぼスウェットじゃん」

 期待は裏切られ、頭を抱えた。虎杖くんと映画に行った日なんか時間がなくて、とても緩いファッションに髪はポニーテールというよりかは適当に一つ結びしていた記憶がある。例えるならそう、深夜にコンビニ若しくはドンキに行くファッションを少しだけ綺麗にした感じ。

「さすが元ヤン……ちょっと予想外過ぎた。キティサンダル履いた方が良い?」
「元ヤンじゃねぇよ。そこじゃなくて、普段ちゃんとしてるヤツが手を抜いてるのって気を許してる感じするだろ」
「そりゃ好きな人と会う時は気を遣うよ」

 元ヤンは否定できないだろうとは思いつつもそこは胸に秘めた。気を許しているのと手抜きは大違いだと思う。私の気合いは常に空回りしてるのだろうか、不安になる。私の強めのツッコミに引いてるのか、虚をつかれたように伏黒くんが言葉を失くす。

「えっと、気を許していないわけではなくて」
「……いや、わかってる。そうじゃなくて……まあいいか」

 念のためフォローを入れると、微妙な間の後に濁された。伏黒くんは何故か気持ち嬉しそうに見える。果たしてどこにツボがあったのかわからない。それはともかく。
 
「デートにスウェットは着ないからね」
「わかってる」

 結局伏黒くんの好みは一切分からなかった。

「なんでそんな気にするんだよ」

 変な服着てないし好きにすればいいじゃねぇか、と伏黒くんは宣いやがる。合理主義もここまで来れば冷淡に思える。

「……だって、揺るぎない人間性なんて持ち合わせてないし」

 溢してから、我ながら当て付けがましいなと思った。私は好きな人の好みの女性ではない。だから他の部分は寄せられるものは寄せたいと思ったのだけれど、言葉にするとどうにも利己的で惨めったらしく思えるのは何故だろう。好きな人に可愛いと思われたいだけなのに。乙女心とは本来そんなものなのかもしれない。

「気にしてたのか」
「気にするでしょ、普通」

 伏黒くんがあまりに意外そうに言うものだから思わず顔を顰めてしまった。背の高い子が好みとか言われたら、好みに当て嵌まらなくても好きになって貰えたんだと思えるけど、人間性なんて言われた日には。

「最初から言ってるだろ、草薙は頑固だって」
「言ってないよ」
「言ってなかったか、真面目で頑固だって」

 真面目だと言われたことは確かにあった。術師になった動機を話していた時だったかな。結局伏黒くんが私の何を指して言ったのかは今ひとつ定かではないのだが。

「頑固は言ってないよ」
「そうか、悪ぃ」

 それだけかよ。
 揺るぎない人間性って、頑固ってことなのだろうか。違うと思う。伏黒くんの当たり判定が広いのか。腑に落ちず、首を捻っていると伏黒くんが躊躇いつつも口を開く。

「俺もずっと気に掛かっていたことがある」
「どうしたの?」

 妙に深刻な顔をしている。どっちでも良いのだが、真面目で頑固なのは伏黒くんの方ではないのだろうか。
 
「草薙を高専に誘ったこと、少し後悔してる」

 思ってもいない方向からの切り込みに、嫌な意味を最初に想像する。伏黒くんのことだから、思ったより使えない的な負の意味は含まれていないだろうと思い直して動揺を隠した。

「どうして?」
「草薙は普通に暮らせただろ」
「そうかな。もしそうでも、それはきっと不幸なことだよ」

 確かに普通に暮らす道はあった。高専に進むきっかけは伏黒くんだとしても、選んだのは自分自身だ。

「自分を許せないで生きるより今の方がずっと幸せだよ」

 伏黒くんのことを何も知らないで生きるよりも。それは胸を張って言えた。

「それとも、伏黒くんは私がいない方が良かった?」
「だからだろ」
「……えっ」

 揶揄うつもりの発言を想定外に肯定されて息が止まる。

「俺は助けられてるから、それで良いのかって」
「だったら悩まないでよそんなことで」

 もう、と再び小突く。本当にビビらせないで欲しい。そんなことで苛まれていたら、野薔薇ちゃんじゃないけどマジでハゲそうだからやめてほしい。私が良いって言ってんだからそれ以上考えるのは無駄と言うほかない。抱え込み過ぎなのだ、伏黒くんは。

「他にない? この際言っておきたいこと」
「……ねぇ。そっちはあんのかよ」

 抱え込んでいる荷物を少しは渡して欲しくて聞いてみるとボールを投げ返された。私自身が荷物になっている自覚はあるから、自分の荷物くらいは自分で持つつもりだった。

「デート、楽しみだね」
「そうだな」

 思い出したように言って、にっこり笑ってみせる。顔を逸らされたものの、伏黒くんも肯定してくれた。

 結局私にとって重要なことなんていうのはそんなものだ。きっと伏黒くんにとって重要なことだって本当は大して多くないはずだ。伏黒くんは抱え込み過ぎるから、私は伏黒くんのことだけ考えてるくらいで多分丁度良い。
 今は伏黒くんが肯定してくれたことが嬉しくて、他の問題は全てどこかに棚上げした。




(2021/05/19)

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