どん底まで



 積極的に来たくはない場所、禪院家。それが私の実家だった。
 数年前に実家を出て以来、どうしても来なければならない時以外は避けるようにしている。久しぶりに踏み入れた実家で私は異物だ。半分勘当しているようなものだから仕方ないけど。任務の際に回収した呪物を直接渡して、さっさと帰ろうと思ったところで、目の前に柔かな笑みを貼り付けた男が現れた。

「都和ちゃんやん、久しぶりやね。会いたかったわ」
「私は別に」

 禪院直哉。腐った禪院の中で今や最上位クラスの男だった。

「冷たいこと言わんとってや。都和ちゃん全然帰って来ぉへんやん、都和ちゃんのパパママも寂しそうにしとったで」
「嘘言わないでよ」
「まぁな。オジさんらも可哀想やなぁ。娘が全然弁えんのやし、恨まれとるで」
「そうでしょうね」

 私は現在呪術師として禪院家から仕事を受ける形でどうにか生きている。だが、禪院が女に期待するのは子作りただ一点のみだ。その意味で私は落伍者だった。宛てがわれた男からは抵抗して逃げた。高専基準で私は一級に当たる。大概の男では相手にならなかった。それを繰り返して手に負えず、ただ術師としての才はあるから仕事だけをする人間として禪院内でギリギリの地位を保っている。弁えない娘を産んだという意味で両親への風当たりは強いだろう。別にどうでもいい。この家で生まれた子が幸せになれるわけがない。わかっていて産んだのだ。両親を恨めど尊重する謂れはない。この家の負の螺旋から逃れるには子どもを産まないという選択肢しかないのではないのだろうか。出奔して非術師と結婚したとしても、相伝持ちが生まれた日には禪院が放って置かないだろう。

「いい加減弁えたらどうなん。都和ちゃんかてもうええ歳やろ」
「大人しく仕事はしてるんだから放って置いて欲しいわ」
「女の仕事はそれだけやないやろ」

 そう疑いなく言い切れるのが、女を同じ人間と思っていない証左だ。

「私は女じゃないと思って」
「どう見ても女やろ。そんなん捨てられるわけないや
ん」

 勿論生来的性を捨てられるとは思わないが、ジェンダーとしての女は捨てているつもりだ。それを終始ニヤニヤと私を見下ろすこの男に理解できるとは思わないが。

「だったら私より強い男連れて来たらいいでしょ」

 ただ腹が立ったのは事実だ。大概の男が私より弱い。ジェンダーロールを押し付けてくるくせに、その実相手は果たせていないのは笑い種だ。皮肉で言ったのが間違いだった。

「ほな、俺ならええわけや」
「は?」

 不意に腕を掴まれて、隣の部屋に連れ込まれる。戸を閉めると同時に、腰に手を回され唇を重ねられた。あまりの驚きにフリーズしてしまう。直哉は歳の近い親戚だ。子どもの頃から勝ち気でちっとも家の不文律に従わない私を「アホやなぁ」といつも笑いながら見下していた。私にとって直哉の評価は、いけ好かない親戚だ。ただ歳も近く実力もあるので、遠慮なく言い合える部分は確かにあった。それだけだ。唇を舐められ、胸の下に手が当たり持ち上げるように服の上から揉まれる。流石に無反応ではいられず、引くように動くと直哉が嗤った。

「ほんまに経験ないん? 固まってもうてウケるわ」
「やめてよ……!」

 胸板をドンと強く叩いて俯く。最低な揶揄い方だ。禪院内での地位は違っても、対等に会話できる存在だと勝手に思っていた。直哉にとって私も、いけ好かない生意気な親戚だと。そこに男女を持ち込まれて、裏切られたような気にすらなる。この家の誰も、私を人間だと思っていない。厳しい訓練には耐えられる。でも、物と扱われることには耐えられない。私がおかしいのだろうか。この家では私だけがおかしい。違う、この家にいると、おかしくなる。

「自分で言うたんやろ、強い男連れて来いって」
「そういう意味じゃない……」
「ほな、どういう意味か教えたってや。この家で君より強くて子作りできる男、俺くらいやん。まさか甚壱君なわけないやろ?」
「この家の男が良いわけないでしょ……!」

 絞り出すように声を荒げると、顎を掴まれて上を向かされる。直哉は、失望したような冷たい目をしていた。何を私に期待することがあったというのだろうか。

「知らんかったわ。外で男漁りしてるんや」
「そうじゃない。なんでこの家にいて、子どもを作ろうなんて考えられるの……」
「子孫繁栄、それが本能やろ。都和ちゃん、経験乏しいから考え凝り固まっとるんや。気持ちええことしたら変わるって」
「やっ、やめて……!」

 考えが凝り固まってるなんて、アンタには言われたくない。直哉の手が私の服の中に侵入して、下着の上から胸に触れる。

「前からこのデカい乳触りたかったんや」
「やめてってば」
「折角ここまで育ったのに、触ってもらえんと可哀想やろ」

 まるで愛でも囁くように、直哉は私の耳元で囁く。耳に息が掛かり、ゾクゾクと寒気が走った。以前から直哉がそういう目で私を見ていたことが更に私の心もプライドもズタズタに裂く。不意に胴の圧迫感から解放され、背中のホックを外されていることに気がつく。手慣れている。有象無象の女と同じに思われていたことに、自分でも意外な程傷付いていた。私は禪院で術師で、物心ついた頃からこの男を知っていて、妙なプライドでもあったのだろうか。自分の心の動きについて行けない間に、上衣をブラと共にたくし上げられて、直哉の前に胸が曝け出される。

「マジで無駄にデカいな。男寄って来てかなわんやろ」
「やだ……っ!」

 直哉の手が胸を掴んで、その指の間から白い肉が溢れる。服を下ろそうとするものの、直哉の手に阻まれた。
 
「叫んだって誰も助けに来やんで。躾しよるだけや」

 最悪だ。本当に直哉の言う通りで、言うことを聞かずどこにも嫁に行かない娘は躾けられて当然。たとえ犯されても、次期当主と見込まれる直哉の子種を万が一にでも孕めば万々歳と両親ですら思うだろう。外からの助けは見込めない。

「可愛い乳首勃ってんで」
「あっ、ゃん……っ」
「可愛い声出よるやん、感度もええとかエロ乳やね」

 先端を突かれて、思わず鼻にかかった声が出る。更に弄ぶように指で弾き、根元から捻られて、噛み殺し切れない甘い息が漏れる。やめさせようと、手を押し除けようとした瞬間、舌で舐められて体が大きく跳ねる。

「だめっ、本当にやめて……」

 口に含み、吸いながら舌で弄ばれると、もう下腹部が熱くなって、嬌声を抑えられなくなる。

「どこがダメなん。めっちゃ感じてんやん」
「違っ……」
「違わへんやろ、淫乱」

 両手で胸を揉みしだきながら、指先で先端を転がし、言葉でも私を辱める。幼い頃より知っている男に嬲られて、恥辱で涙が込み上げる。

「もっと素直になったらええ」

 胸を寄せて、両方の乳首を同時に音を立てて吸われると、抑えきれない声を出してビクンと背中を反らして快感に打ち震える。

「もうイッてしもたん? 乳だけでイクとかエロ過ぎやろ」
「違う……」
「まぁ違うって言うんならそれでもええけど、こっちはどうなってんの」

 そう言って直哉が今度はスカートを捲り上げる。手で押さえようとすると、乳首を噛まれてビクッと跳ねた上に身体の力が抜けてその場に崩れ落ちる。

「あーあ、腰抜けてもうた?」

 直哉が私の前にしゃがみ込むと、構わず続きと言わんばかりにタイトスカートの裾を掴む。

「や、やめてよ、もう……! わかったから!」
「何がわかったん?」
「もうウチには来ないから……」
「なんもわかってへんやん」

 スカートの布地を押さえて拒みつつ、説得を試みる。助けは求められない。腕力、呪力でも敵わない。それなら、折れた振りをするしかない。直哉だって女は選び放題なのだから、わざわざ私じゃなくてもいいだろう。揶揄い、生意気な女を懲らしめてやろうくらいの簡単な気持ちに違いない。だったら、ここで止めてもらえる可能性だってある。直哉は、つまらなさそうな顔をして私を見ていた。

「じゃあ、女を捨てられないのも分かったから」
「どう捨てられへんの?」
「どうって……」
「気持ちええやろ?」

 直哉が私の胸を突いて指先が肉に埋まると、くぐもった声が漏れる。直哉の求める答えを返すのも屈辱だが、ここで終われるのならそのくらい対価として差し出す。

「わかった、気持ちいいのもわかったから……」
「そうやろ。ほな、もっと気持ちええことしよか」

 急に直哉が笑みを浮かべる。スカートを捲り上げられると同時に脚も持ち上げられ、身体の自由を失くす。

「びっしょびしょ、透けてるやん」
「ぁん、やっ……なんで……もういいでしょ……?」

 直哉の前で脚を開かされ、下着ごと押し込むように秘所に触れられる。益々下腹部が切なくなって苦しくなる。

「勘違いしとるで。俺は都和ちゃんと一緒に気持ちええことしたいだけなんや」
「なんで……」
「なんでやろなぁ」

 愉しそうに嗤うと、私の唇に優しく口づけをする。丁寧に唇と舌を愛撫するみたいな口づけ、優しいのに口内を侵されている感覚にくたっと肩の力が抜けた。私を揶揄い反省させようとするのでないのならば何のために。直哉が何を考えているのかわからなくて、知りたいと思うのに理性が遠去かる。キスってこんなに気持ちいいんだ、変な感心を覚えた。

「都和ちゃんかて期待してこんなエロい下着履いてんやろ?」

 直哉の指が、私の腰骨辺りにある下着のサイドの紐を擽るように弄ぶ。

「違う……」
「全然抵抗せぇへんくなってきとるし。キスでまた濡れとるで」
「やめてっ、もう……!」
「おぉ怖」

 直哉が指で秘裂を下着の上からなぞる。力を振り絞り、足で男の急所を狙うが、軽く避けられた。

「また暴れてもええで、紐解けてもええんならな」

 直哉が下着の紐を持ち、緩く引っ張られる。少しでも動けば解けてしまう。

「抵抗せぇへんの? なら合意ってことやね」
「……っ!」

 動けない私を尻目に、紐を躊躇なく引っ張り私の下半身を晒すと、指で秘部を押し拡げる。

「糸引いてもうてるやん」
「見ないで……」

 そんな場所を人に間近で見られたことがなくて、広げられただけで中心がひくひくと疼く感覚があった。そこに直哉が「どろどろやし」と言いつつ舌を入れる。

「舐めないで……っ!」

 ビクビクと腰が震え、高い悲鳴を上げながら直哉の頭を掴んで離そうとするが、到底無理だった。割れ目をなぞる舌が、今度は敏感な核を弾きながら吸うと、一際高い声を上げて軽く達してしまう。

「今度こそイったな、流石に処女やないやろ? どうなん?」

 イったばかりの敏感な場所に指を突っ込んで軽くかき混ぜられると、息を荒くすることしかできず、質問に答えざるを得なかった。

「……一回だけ」
「いつ、誰と?」
「二十歳の時に、元カレと」
「彼氏おったとか聞いてへんけど」
「何で言わなきゃいけないの……ぁんっ」

 急に突起を弾かれて、私の体も弾かれたように跳ねた。身体の主導権を握られ、口答えは許されない。

「随分ご無沙汰やね、自分で慰めてんやろ。言うてくれたら相手したったのに」

 直哉が駒結びになっている自身の袴の紐を解く。直哉の視線が外れた瞬間、手で印を結ぼうとしたが気づけば両手を押さえられていた。直哉の術式だ。隙なんてない。

「さすが都和ちゃん、この期に及んでまだ抵抗しよるんか。でも、俺に敵わんのはわかっとったやろ」

 アホやなぁと嗤って、直哉は濡れた入口に熱くて硬い自身をあてがった。

「ま、待って、せめてゴム……ひぁっ!」

 静止を物ともせず、一気に奥まで硬いものが突き立てられる。目の前がチカチカして、喉が震え、口を閉じることもできない。身体の奥が細かく痙攣する。

「挿れただけでイクとかやらしいなぁ。ずっと欲しかったんやろ?」
「ひっん、いやっ、抜いっ……お願いだからぁ……!」

 短い呼吸を繰り返し痙攣のおさまらない私に直哉が構うわけなんかなく、抽送は止まらない。眉根を寄せて唇を噛んで、それでも快感には抗えない。

「いやらしい顔しとるで。女は従順なんがええ思てたけど、強気な女屈服させるんも堪らんな」

 私の上で下品に笑う直哉を諌める術をもう持ち合わせていなかった。直哉の律動が直接身体の芯に伝わって来る。卑猥な水音が響いて耳を塞ぎたくなる。抉られるような膣壁の摩擦に脳天から足の先まで痺れて、頭がおかしくなりそう。

「都和ちゃんの中吸い付いて来よる。俺ら相性ええと思わへん? 俺を悦ばすための身体としか思えんわ」

 陰核を擦られると、腰がビクビクと小刻みに震える。首を振りながら自分の太腿に爪を立て、僅かな痛みで何とか理性を繋ぎ止める。これ以上乱れた姿を見せたくない。それを目敏く見つけた直哉が表情を歪める。

「そういうことするんがアカンとこやねん。我慢したってしゃあないやろ」

 直哉が太腿に指を滑らせて、爪を立てる私の指を離した。縁にしていた痛みを失い、心が宙に放り出される。腰の動きに合わせて揺れていた胸を鷲掴みにされると、一気に襲う快楽の波に思考を奪われた。

「身体はどうしようもないほど女なんやから、こんなエロい身体使わな勿体無いやろ。俺が使たる」
「らめ……っ!」
「もう呂律回ってへんやん」

 舌が縺れる私を見て、笑いを噛み殺しきれないと言うように、直哉が唇の端を上げる。そして、突然耳元で囁いた。

「好きや」

 ドクン、と身体が大きく脈を打った。

「は……変なこと言わないで」
「口ではそんなん言うても悦んで中締め付けて来よる、かいらしいなぁ」
「違う……んっ」
「俺は都和ちゃんのこと好きやで。都和ちゃんとずっとこうしたかったんや」
「やめてよ……っ」

 囁かれる度、勝手に身体の奥が熱くなる。嘘嘘、調子良いこと言ってるだけなんだから。強過ぎる快楽に、わけもなく涙が込み上げて来る。

「中めっちゃうねっとる、気持ちええんやろ?」
「んぅ……」
「ほら、言うてみぃ」
「……気持ち、いぃ……」

 奥に押し付けられたまま揺さぶられて、身体の芯から迫る悦楽に抗えなくなる。浅い呼吸しかできず、こくこくと頷くほかない。

「俺の嫁になったらええ、もっと気持ちよくしたる」
「は……よめ……?」
「ここまで来たら反対もされんやろ。妾でもええで」
「何言ってんの……」
「こんなじゃじゃ馬乗りこなせるん俺だけやって、な?」

 囁きながらキスをされる。触れるだけのキスでも感じてしまうほど敏感になっていた。優しく触れられる程、残酷に思えた。遠い昔の、名前のつかなかった感情が寄せては返す波のように蘇っては目の前で消える。これは何だっけ。子どもの時は男も女も境界は曖昧だ。その頃に抱いて育つ前に摘まれた感情が、胸に燻り切ない痛みを思い出させる。

「やだ……」

 苦しくなって胸元を押し返すと、直哉の顔が傷つけられたみたいに歪む。おかしい、傷つけられたのは私の筈だ。

「都和ちゃんが頷いてくれへんと乱暴にせなアカンようなるやろ。それとも、乱暴にして欲しいん?」
「そんなわけ……っ!」

 すぐに直哉は唇を蠢かせて嗜虐的な表情に戻ると、私の脚を押さえつけた。身じろぎ一つできなくなると、腰を強く押しつけられ最奥に狙いを定めて激しく突かれる。頭が真っ白になりそうだ。中で熱く膨張したものが果てる予兆を知らせて来る。

「締め付けヤバいな、もう出すわ」
「やっ、せめて外に……ひぁんっ!」

 中で瓦解したものが熱い液体を断続的に吐き出すとともに、目の前が真っ白になって息が止まった。

「イキながら腰振ってんやん、そんなに俺の子が欲しいん? 術師より絶対こっちの方が才能あんで」

 一瞬意識が飛んだ間に、直哉は腰を動かし更に中を掻き混ぜ、混じり合った粘液が結合部から溢れた。余韻に浸る間も無く与えられる快感に、高められた場所から降りて来られない。射精が終わってもそのまま突き上げられて、休む間も与えられずこのまま続く絶頂に恐怖を覚える。

「抜いて……!」

 逃れようとすると臀部を掴まれ、更に奥へと執拗に突き上げられる。再び脳天に電気が走った。

「もう全身敏感なっとるやろ」
「やめて! これ以上、おかしくなるから……っ!」

 直哉の吐息も熱い。呼吸が浅く、汗ばむ皮膚が合わさるだけ。何だか酷く滑稽に思える。回らない頭で、何故か急に直哉の言っていることがわかった気がした。ここにはただの男と女しかいない。それ以上にもそれ以下にもなれないと思い知らされる。

「ほな、俺のもんになんの?」
「わかった……だから早くっ」
「よしよし、ええ子やね」

 妙な諦めと壊れそうな快感に音を上げると、ちぅと音を立てて唇に口付けられる。そんなもの要らないから早く解放して欲しいと思うのに、腰の動きは止まらず寧ろ激しくなる。

「やっ、なんで……?」
「ええ子やからイかせたる」
「やだぁ……抜いてよぉ!」

 暴力的な程の快楽に口の端から涎が滴れる。こんなものに身を委ねたら帰って来られない。直哉は私の心を摘む気で、言うことなんか聞く気はなかったのだと思い知る。悔しいのに、もうこの込み上げる快楽に抗うことなどできない。惨めな程女の声を出して、私はすぐに果ててしまった。


 *

 昔から、直哉はよく私に突っ掛かって来た。

「女が強なっても意味ないやろ。嫁の貰い手おらんようなるで」
「だから強くなるんでしょ」

 歳が近くて実力も同世代の中で最も近い。私は勝手に直哉をライバルだと思っていて、だから向こうも絡んで来るのだと思っていた。


「また相手の男ぶちのめしたんやって。ほんまおもろいことしよるな。オジさんら顔面蒼白やったで」

 勝手に宛てがわれた男を伸して、家人には酷く折檻をされた。くつくつ笑って面白がるのはこの家で直哉だけだった。


「出てくん? おったらええのに。都和ちゃんおらんようなったら寂しなるわ」

 親に恥晒しと罵られ半勘当宣言されて家を出た時も、直哉は変わらぬ調子だった。それに酷く安心感を覚えながら、「嘘つき」と私は笑った。


 年を経て、同じ土俵に立てていなくとも同志だと、私は心の中で思っていた。それなのに。

「なんで……?」

 ぐずぐずになった体と心で、涙ながらに問う。
 どうして今更男女になるの。嫁とか妾とか、そんなもので私を縛ろうとするのか。禪院を嫌いなのは、私もアンタも同じはずなのに。

「ずっと一緒に居れるやろ」

 私を瞳に映して、直哉は目を細める。その答えに、「嘘つき」と私はもう笑えなかった。





(2021/06/01)

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あきゅろす。
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