三世因果


「虎杖……本当にいいの?」

 掛ける言葉が見つからない。

「苗字は戻ってくれ、俺はもう一緒にはいられない」

 渋谷の惨状を知り、虎杖を殺そうとした4ヶ月前の私の判断が間違いではなかったことを悟る。間違いではなかった。だからこそ、私はその判断を否定しなければならない。でなければ、私は私の存在自体を否定しなければならない。

 私は由緒正しい呪術師の家系に生まれた"星漿体"だった。同化の期限には余りに幼く適合率が本命より落ちたためスペアとして育てられた。12年前、正規の星漿体の少女が同化に失敗したとの報せが届くその前に、母は私を連れて逃げた。母は一般の出だった。その後500年の平穏のために我が子を生贄にすることを拒んだ。追手に見つけられたその時にはもう天元は同化を拒否していた。以降、母の行方を私は知らない。

 私が天元と同化しなかったためにこれから多くの人々が死ぬかもしれない。その時に責められる恐怖のために私は秩序側の立場に立ってきた。虎杖も私も、きっと個人の人格に罪はない。でも、私達は生きているだけで罪なのだ。渋谷で多くの人間を殺した宿儺をその身に宿す虎杖、天元と同化ができず全国民を危険に晒す私。そこに違いはない。だから、私は虎杖を殺そうと思った。あの時殺そうとしたのは、手遅れになる前の昔の私だ。でも、もう私はそんなことできない。

 虎杖は、自分を責めているはずだ。自分が死ねば良かったと、何度も何度も呪っただろう。
 私では虎杖を引き留められない。でも、言わなきゃ。言って欲しかった言葉を。誰にも言ってもらえなかった言葉を。

「私は、虎杖が生きていて良かったと思ってるよ」
「……はは」

 上手く笑えていない。人間の真似みたいな。とても不恰好な笑顔。

「それは、俺に都合が良過ぎだろ……」
「虎杖」

 私はこの先大勢の人間に呪われるかもしれない。その時に同じことを誰かに言って欲しい。たった一人でいい。生きていることを赦されたい。
 そんな都合の良い言葉を虎杖はまだ受け止められない。自分を許せないのだろう。それでも、手を伸ばす。あの日、少年院で届かなかった命へ。まだ手遅れではない証を指先で確かめ、まだ少し遠い温度を引き寄せた。

「あとで必ず戻って来てね」

 それはただの私の願望だった。体温は言葉よりも何か別のものを伝えられる気がした。ここに虎杖を必要な人間がいることを知って欲しかった。でも、これも私のエゴで意味はないのかもしれない。虎杖からの返答はなくてすぐに身体を離す。

「私は高専に戻るよ、やることがあるから」
「……ああ」
「お互い役目を果たそう」
「応」

 一瞬だけ目を見つめて、返事のしやすい言葉を選んだ。私では、きっと何も変えられない。瞳も声も、そこに熱はあるのに決して混じり合わない。後ろ髪を引かれる思いでその場に背を向けようとすると、名前を呼ばれて足を止める。

「苗字、ありがとな」

 虚をつかれた。礼を言われるようなことは何もしていない。慰めにもならない言葉は私が求めていたもので、虎杖を慮って言ったものじゃない。でも、虎杖は違う。私が勝手に自分と同一視していただけで、虎杖はどんな時でも他人のことを考えられる人だった。そんな虎杖の前でどんな顔をしていいかわからず、振り向かないまま手を振った。虎杖を前にするといつも私は自分が恥ずかしくなる。赦したふりで赦されようとした。私は多くの屍の上に立っている。誰にも赦されるはずがない。私が虎杖を助けられないことも、誰からも肯定されないことも、全て因果は巡っている。
 虎杖を救えるのは私じゃない。いつか他の誰かが虎杖を助けてくれることを願う。ねぇ、虎杖。他人任せな私のエゴを叶えるために、私ももう少しだけ他の誰かを助けてみるよ。



(2024/03/07)


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