透明薔薇の火
※「天使な小生意気」のパロディネタです。



 幼い頃から私の歩む人生は決められていた。呪術師の家系に生まれ、術式が判明した時に定まった宿命に選択の余地はなかった。顔を合わせたこともない人の家に、十六歳の誕生日に嫁ぎ、あとは一生飼い殺される。私の生まれる前から決まっていたこと。優れた術式の女が生まれたら禪院に嫁ぐ、それが家同士の盟約。だからしょうがないことらしい。
 少しだけ我儘を言って、高専に入学させてもらった。誕生日までの短い時間だったけど、とても楽しかった。良い友人にも恵まれた。だから、もう諦めはついたと思っていたのに。
 誕生日当日、私にとっては最後の自由な時間。いつも通りに過ごして、学校が終わると同時に家の者に連れて行かれる予定だった。だけど、事情を知った同級生が黙って見送ってくれるはずがなかった。虎杖君と伏黒君が家の追っ手を撹乱している間に、野薔薇が私の手を引いて逃す。
「やめて、野薔薇。何してるかわかってるの?」
「名前こそどうなるか本当にわかってるわけ?」
「わかってる、だから邪魔しないで」
「うるさいわね、私らが納得できてなくて勝手してるだけ。アンタは黙って見てなさい」
 そんなわけにはいかない。だって、私の結婚相手はあの御三家の禪院家だ。そんなものを敵に回させるわけにはいかない。
 野薔薇と一悶着している間に、目の前に見知らぬ男性が現れる。
「なんや、こんなとこに居ったんや。早よ会いたくて迎えに来てもたわ」
 私の家の追っ手は撒かれたようだが、痺れを切らして許嫁本人が直接見える。初めて会った私の相手――禪院直哉は、スタンドカラーシャツの上に袴を着て、それとは不似合いな金髪。両耳にピアスを幾つも空けた、切れ長の目の男だった。血縁だけあって、顔立ちは伏黒君や真希さんと似ている。ただ品定めをするようなその眼差しには二人の持つ温かさの欠片も感じられなかった。背筋に冷たいものが走り、私は蛇に睨まれたように動けなくなってしまう。
「帰りな。テメェみたいな野郎にはやれねーよ」
 野薔薇が私の前に庇うように立ち、男に啖呵を切った。
「誰やねん」
 直哉は心底面倒そうに野薔薇を見下ろす。この傲慢さは歳の差から来るものだけではないだろう。
「テメェこそ誰だよ、端からお呼びじゃないのよ」
「わかった、本音でいこうや。パパに言われてしゃあなしに迎えに来てん。で、本人はなんでさっきから黙っとるん。俺が嫌なん?」
「いえ……参ります。ごめんなさい、少し混乱してしまって」
 相手に凄まれてやっと声を発し、笑って野薔薇に振り返る。
「じゃあね、野薔薇。本当に今までありがとう……私、野薔薇のおかげできっと普通の女の子より楽しかった」
「バカ! 泣きそうじゃない」
「大丈夫だよ、これは決まってたことなんだから」
 別れがつらくなることを承知で私は高専に入った。この思い出を抱えてこれからも生きていける。だから全然平気。笑顔で別れを告げたいのに、待ちくたびれた男の声が割って入って来る。
「別に君だけが嫌だったわけやない。親が勝手に決めたことや、お互い様やで。ええ術式継いだ子を作るため君を選んだ。俺かて別に君に興味ないんや」
「オマエモテないだろ。聞いてもねぇテメェの話ばっかり、パパの言いなりなことをさも偉そうに言いやがって」
「君には言うてへんねん。部外者は黙っとってや」
 ペラペラとよく喋る男に、野薔薇が噛みつく。だが、野薔薇のことを歯牙にも掛けず、直哉は私だけに語りかける。
「まぁとにかく今回は来ぃや。君連れて行かな恥かくねん。俺も君が気に入ったふりして、恥かかさんようにしたるから」
「はい……」
 男の口ぶりに心が冷えていくのを感じる。幸せになれるなんて微塵も思っていなかったけど、流石に堪える。差し出される男の手を震える指先で掴もうとした途端、野薔薇が直哉の手を払って私の腕を引く。
「部外者はテメェだ。オマエに名前は勿体ねぇよ」
「野薔薇!」
 私を自分の背中に隠すと野薔薇が金槌を取り出し、直哉が野薔薇に反撃の姿勢を取る。
「邪魔すんなや」
「やめて! やめてください!!」
「危ないからアンタは下がってな」
 止めようと間に入る私に声を掛けて、野薔薇が前に進み出る。実力も家柄も年齢も敵うところはない。それなのに、野薔薇は決して折れない。二人が対峙しようとしたその瞬間。
「きゃああ女の子が襲われてる!?」
 追っ手を撒いて来たここは公共の場だった。傍目からは女子高生二人に襲い掛かる成人男性の図になっていたようだ。通りすがりの一般人の声に、直哉が舌打ちしてその場から素早く離れる。
 再び野薔薇と二人きりになるが、お互い言葉はない。禪院家に喧嘩を売るなんて、とんでもないことをしてくれたものだ。私は別にどんな人だってよかった。この運命をとっくに受け止めているくらいには私は図太くて強いはずだった。
「大丈夫よ、どんな手を使っても守ってみせるから」
 振り返った野薔薇はとても優しい顔で私に微笑んでいた。視界が滲む。怖くないはずないのに、野薔薇は自分より遥かに強い人相手でも怯まない。どうしてそんなに強いの。野薔薇と比べたら私なんか弱い、弱くてどうしようもない。目の前の女の子は、私よりも強くて男の子よりも頼り甲斐があって、その気高さを纏った優しさに今まで私を支えていた虚勢が崩れる音がした。鼻の奥がつんとして、抑えていた感情が堰を切って溢れ出す。
「ごめん……私嘘ついてた。本当はすごく嫌だった。皆とも離れたくない。野薔薇を心配させたくなかったの」
「わかるわよ、アンタの考えてることくらい」
 本音と涙が止まらない私を受け止めて、野薔薇は背中を優しく撫でてくれる。本当に格好良くて、とても私なんかじゃ敵わない。背だってあまり変わらないはずの野薔薇の肩に頭を預けて私は子どもみたいに泣きじゃくる。
 私を運命の外へ連れ出してくれるのは、白馬の王子様なんかじゃなくて、私の大切な女の子だった。





(2021/08/07)


あきゅろす。
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