まさに女王様
2
「失礼します。フルーツをお持ちしました(棒読み)」
フルーツバスケットを片手に扉を開ければ、予想通りカーテンつきの大きなベットに女三人くらいが真ん中にいる響様を挟んで寝転がっていた。勿論横にいる二人は、そのすす、素っ裸で。一応シーツを被ってはいるがそれでも見え隠れするそれは見たことはあるとはいえ、直視できない。いくら女装してても俺だって純粋な男だ。
なんで俺こんなことを…。
まだ残ってる人達に聞いてみたところ、全員に断られた。
なんで?
他に用事がある、とかで誰も行こうとはしなかった。そもそも俺と話自体したくないのか、そそくさと離れてく奴もいたが。
おかしいだろ、お前らの大好きな響様だぞ。
「遅いじゃない。さ、早く持ってきなさいよ」
俺に気づいた一人の女が命令する。他の女二人も俺に視線を向け、心無しかにやにやと笑みを浮かべているようにも見える。
例の響様は黙ったまま無表情で俺に視線を向けている。
そしてその命令した一人がベットからおりこちらまで歩みを進めてくる。
邪魔して悪かったな、さっさと帰るっつの。
気持ち足早に広い室内を歩き向かってくる女に向かって持っている物を差し出した…つもりだった。
「……っわ!」
差し出した筈の腕はそのまま素通りされ、隣りをすれ違う時に足を引っ掛けられたか何かに躓いて勢い良く床に頭から転んだ。
「あら、大丈夫?フルーツが台無しじゃない」
いってぇ…、絶対わざと転ばせただろ。
転んだ拍子に持っていたバスケットは手から離れ宙を舞った。そして勿論中に入っていたフルーツも一緒に宙を舞い、ばらばらと床に音をたてて落ちていった。梨や蜜柑などの丸みを帯びた果実はあっという間に床を転がっていき、当たり所が悪かったか苺などは身をぶちまけ赤い汁がジュウタンに染み込んでいく。
あ…。
「ちょっと、汚いじゃない!最低」
「大変、早く新しいの用意してよ」
明らかに罵倒する言葉を吐き捨ててくる。
いや、だからちょっと待て。俺のせいなのか?むしろ被害者は俺だし、お前らが転ばせたんだろ?
だけど、何も言い返せず転んだ姿勢のまま顔をあげる。
なるほど、だから俺にこれを運ばせたのか?だから皆断ったっていうのか?
本人の目の前でこんな醜態晒させたら満足かよ。そうなると、まぁそれこそこの仕事場から出て行かせられるだろうな。上等、辞めてやると思ってたとこ、好都合だ。つうか、辞めたくても辞めらんなかったんだよ!!
男でした、って言ったらすぐ辞めれるだろうがそうなるとここの王様にバレる…王様にバレるのだけはダメだ。家族にまで迷惑がかかる。
そりゃこんな真似すんのは一部の主のお気にいりって奴らばかりで、普通に優しい奴もいる。けど
「……?」
不意にベットに寝転がったままだった部屋の主が立ち上がり、すぐ傍まで転がってきていた梨を掴んでいる姿が目に入った。
「苺…とかは無理でも、これとか洗えばまた食えるだろ」
…いや、そりゃそうだけど。
「ダメですよー、響様。汚いわ」
「そ、そうよ。この子に自腹で買いに行かせたら良いのよ」
じ、自腹…だと!?無理無理。果物は手に入りにくいからってハンパなく高いってのに。
「汚い?食いもん落としただけで食えなくなる程?」
「ええ、菌が入ります」
「ふぅん、でも洗ってまた食える程度には、毎日綺麗に掃除してくれてんだろ?お前らが」
「え、えぇ」
「それとも、洗っても食えない程汚いのかこの部屋は?」
「いや、そんなことは…!」
な、なんだ?
女三人といきなり言い合い始めたが、なんなんだよ。なんでこいつこんな事言ってんの?俺が悪いんだから俺のせいにして、何も口出ししなくて良いだろ。
響様の言葉に圧されたのか、三人ははっきりと言い返せず口篭り動揺している。「部屋じゃなく、果物が…」とか言ってはいるが聞き入れてもらえていない。
俺が責められてる筈だったのに、いつの間にか今は女達が責められている。
でも女の話しは筋が通ってる。汚い、といってしまえば汚い。落としたのだから当たり前だ。食えるか食えないかと言われれば、食えない、とははっきり言えない。
…どうしよ。
元はといえば俺が転んだのが悪い。
転ばされたにしろ、転んでぶちまけてしまったのは事実。
「あ、あの…」
「出てけ」
俺が口を挟むより早く響様の声が重なった。
「また明日相手してやるから、今日は出てけ」
そう言葉が出て女達は驚いたが、分かりました、とだけ言いすぐに立ち上がり服を腕にかけるだけで出ていってしまった。キレやすい性格、とでも言うのか何も言うことなく慣れた様子でほんとに出ていってしまった。主にでてけ、って言われたら何故かとか聞きたくなるもんじゃねぇの?そりゃ普段からこんな性格してるけどさ。口答えする奴は消えるとか、なんかあんの?
……。
…。
「失礼します」
未だ俯せに寝転がったままだったため、立ち上がろうと腕に力を込めた直ぐあとに背中から何かに押され、立ち上がることはできなかった。
…ですよねー。
「…いった!!何すんだよっ!」
響、様は床に俯せていた俺の腕を掴むとそのまま力任せに身体を持ち上げベッドに放り投げた。
ベッドじゃなかったら頭打って気絶でもするんじゃないかという勢いでベッドに身体が沈む。いきなりのことに、女声とかそんな声はでず地声が口からでた。もうメイド達は全員出て行ったから良かったけど。
「何、い、嫌だって!」
「……」
そのベッドは思っていたより柔らかくふかふかしていて、体重をかけたところは深く沈み身動きがとりにくい。頭につけている桂を取られ床に放り投げられる。目下までかかっていた前髪がなくなり部屋の灯りが眩しく感じる。
そして響、様は仰向けに寝転がる俺の上に跨ってきた。
昨日の出来事が頭を過ぎる。
「……、明日」
「どけって!え、明日?は?」
「明日、皆の前でお前が男だってことバラすか」
…あ、え?今なんと言いました?
俺が男だとばらす?
「ダダ、ダメに決まってんだろ!」
「あん?お前誰に向かってそんな口聞いてんだ?」
「っ、とにかくダメだって!王様にバレたら…」
王様にばれたら、ほんとに危ない。
なんだかんだ言っても響様は、次期国王ってやつで。皆よく知ってる現王様と次期との権力の差はそうとうでかい。俺をクビにする程度はこいつにだってできるが、所詮はそこまで。そこから先の人生でさえも王様には手を下せる権限がある。その家族にも。
「…なるほど、俺より親父にバレる方が危ないってか。まぁそりゃそうだよな」
「……」
「お前自分の立場分かってんのか?俺がバラさないとも限らないんだぜ?」
「そ、それは…!」
…分かってる。
こいつに知られた時点でもう終わったと思ってた。でもなんでか俺今無事だし、普通に仕事してるし…。なんでか自分でも分からないけど、こいつは王様に言ってないみたいだから今のうちは大丈夫だろう、って思った。
でもいつでもこいつは言えるし、いつでもなんでもできる。
だって今日の夕方まで特に何もなく、いつも通りだったから…ついこいつはもう何も言わないんじゃないかって、心のどこかでそう思ってた。
「確かに俺がやってることは罰されることだし、バレても自業自得だって分かってる…!」
「……」
「でもやっとここまで、こんな場所で男の俺がどんな思いで…っ」
あ、何俺言ってんだろう…。
馬鹿だ、こんなことこいつに言っても
「お前…」
「うわああああああー!!なんでもない、忘れろォ!」
「うっせぇよ!!俺の話し聞きやがれ!」
「もういいよ、聞くことなんてなっ…ん!」
もう自分で自分がわからなくなってきた。こいつの前で意味分からんこと口走っちまったし、もう訳わからん!もういいよ、好きにしろよ!最初から俺の意見が通るなんて思っちゃいないし。
そんな自暴自棄になって頭を抱えて叫ぶ俺の口を、こいつは無理矢理掌で抑えた。
「俺はお前を辞めさす気はない」
「……??」
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