■ LIE ■



 好きだと告げていれば、楽になれたのかもしれない。

 そう思うようになったのは、ナルトが俺へと無条件の信頼を寄せるようになったからだ。

 俺の愛し子はその生まれ育ちの特殊な環境ゆえに、十数年にわたって周囲に心の壁を作り続けていた。誰と接しても虐げられた記憶が脳裏をよぎり、他者を全面的に受け入れられなかったのだという。同じ班のサクラたちはもちろん、同期のメンバーたちにさえも一線を引いたところで接してしまっていた。

 俺がその一線を越えたのは偶然で、里の迫害を受けているナルトを抱きしめたいから抱きしめた、ただそれだけだった。

 薄汚れてゴミのように転がっている傷だらけの子供を抱き上げて、泣きじゃくるのをそのままに自分の部屋へ連れ込んだ。雛に餌をやるようにミルクを温めて飲ませてやり、細い四肢を包み込んで一緒に寝た。ナルトにとってはその全てが初体験で、だからこそ何度でも追体験したくて、いつしか俺の家に入り浸るようになった。

 最初はとても嬉しかったのだ。やせ細っていたナルトが少しずつ俺の料理で大きくなり、寂しげな表情が減って明るい笑顔が増えていく。

 無意識に作り出されていた壁や境界線がどんどん崩れていって、ナルトの周囲には柔らかな光が満ちるようになり。

(それは喜ぶべきことだっていうのに、俺は)

 月光が窓の外から差し込み、煌々と室内を照らし出す。

 俺は立て膝に腕を乗せて、隣ですやと眠る子供の寝顔を見つめた。

 俺を信頼し心を許しきった子供はこうして泊まり込むことが多い。一緒に風呂へ入り、一緒に食事をし、一緒に眠る。隣にいる大人が何を考えているのか推察することもなく無邪気に全身で甘えてくるのだ。

 月明かりが金色の髪の毛を不可思議な色へ変える。俺の気持ちも同じだ、と思った。庇護するだけの想いがいつしか違う色へと変わっていった。それも、決して綺麗ではない感情へと。

「お前がね、誰かに気持ちを許すのが嫌なのよ。それくらいならいっそのこと壁を作ったままでいてほしいって思うわけ」

 教師失格だよね、と自嘲しながら、柔らかな髪に触れ、なめらかな頬を撫でる。熟睡している子供はまつげ一つ動かさずに眠るばかりで、俺の吐き出す毒など知りもしない。

(こんなにお前に溺れるなんて、ね)

 少しずつ、少しずつ、身を守る殻を破っていくナルト。部下のそんな姿はまばゆく美しく、俺はいつしか届かない想いを胸に抱くようになっていた。

 そうなってくると恋心というものは厄介なもので、誇らしく思っていた子供の成長を苦く感じてしまうのだ。

 俺以外の世界を知り、俺以外の仲間たちと接し、俺以外の道しるべを見つけるナルト。上忍師として喜ぶべき部下の成熟が苦痛でたまらず、ナルトが俺だけで全てを閉ざしてくれればと愚かなことを考える。

 人の優しさを知らなかったナルトが俺に甘えるのはいわゆるすりこみというもの。里から差別や暴力を受けてきたところへ、たまたま俺が手を差し伸ばしただけのこと。

(ねえ、ナルト。じゃあさ、もし最初に抱きしめたのが俺じゃなかったら、お前はその誰かにもこうして甘えてたの?)

 イルカにも作っていたという見えない壁。サクラやシカマルたちにも越えられなかった線を、俺だけが越えた。それでは、もしも越えられていなかったら、俺はいつまでも『その他大勢』でしかなかったのだろうか。




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あきゅろす。
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