■ EVER AFTER □



「ナールト」

 カカシ先生の声は耳に心地いい。歌うように呼ばれると、こんな俺にも少しくらい価値があるような気がする。

 勘違いかもしれないけど、俺なんか九尾の器で里の厄介者にすぎないって分かってるけど、それでも、そこにいてもいいと居場所を与えられているような気がするのだ。

「ねぇ、ナルト」

「何だってば、カカシせんせぇ」

 夕日が俺たちの影を長く伸ばす。カカシ先生のひょろ長い影とちんまい俺の影。仲良く手をつないで歩く影たちはどんなことを話しているんだろう。そんなことを考えていたら、カカシ先生が何か言ったのを聞いてなくて、俺はもう一回言ってとお願いした。

「ごめんってば、カカシ先生。今の聞いてなかった」

「ん、じゃあもう一回ね。……ナルトは幸せ?」

 いつもの任務帰り。いつもの夕暮れの時間。

 なのに、俺を見下ろすカカシ先生はいつもと違っていて、俺はその問いかけよりも真剣すぎる眼差しに息を呑んだ。

「俺ねぇ、最近思うのよ。お前にとっての幸せが何なのかって」

 カカシ先生と俺は付き合っている。ただの憧れだった気持ちが好きって気持ちに変わって、たまんなくなった俺の方から告白したのだ。

 俺は皆に憎まれる九尾の器だから恋の成就なんて考えていなかったのに、好きだって言った俺へカカシ先生は俺も好きだよと笑い返してくれた。

「ナルトは今まで色々と苦労してきたデショ。だからそれを取り戻すくらい幸せにしてあげたいなぁって思ってね」

 付き合おうかと言ってくれたカカシ先生は見えるところ全部が赤くなってて、ほんの少しだけ潤んだ目が本気だということを示していた。今もそう、見下ろしてくる眼差しは真剣なのに愛情に溢れていて、疑う余地もないくらい俺のことを思ってくれているのが伝わる。

「カカシ、先生」

 つないだ手が汗ばんでいる。鮮やかに印を結び、敵の忍を倒すこの人が緊張しているのだ。それくらい緊張して、なのに俺にたずねることといったらそんなことで。

 胸がいっぱいになって足が動かなくなり、俺は大きく息を吸い込んだ。吐き出せずに唇を噛むと、かわりに目から涙がぼろぼろこぼれ落ちる。

(どうしよう、どうしよう)

 告白した時もいっぱいいっぱいだった。好きっていう気持ちがパンパンに膨らんで、苦しくて切なくて言葉にするしかなかった。

 でも、好きっていう感情はいつの間にかもっともっと大きく成長してしまって。

 身体中を満たしてくる気持ちはあの時よりも激しくて狂おしくてもどかしいくらいなのに、つないだ手が温かいから、息が、出来なくなる。

「ナルト?」

 カカシ先生がしゃがみこんで顔を覗きこむ。その拍子に手が離れたけど、長い指が俺の両頬を覆って涙の流れを遮ってくれた。

(どうしよう、俺ってばこんなにカカシ先生が好きだ)

 今まで俺の幸せを考えてくれた人は誰もいなかった。里人たちは俺を憎んでいるし、俺のことを想ってくれる家族もいない。なのに、この人は、この人だけは――。

「俺、何か嫌なことを言ったか?」

 かかとにお尻を乗せて腰を落としたカカシ先生が、俺に目線を合わせて、あの心地よい声音でたずねてくるから、俺は止まらない涙をそのままにゆるゆると首を振った。

「じゃあ、俺の質問が原因か」

 カカシ先生はふぅと小さくため息を吐き出して、そうしてから、頬にあてていた両手を肩に置いて俺を自分の方に引っ張った。

「ナールト、俺はね、お前が想像する以上に、お前のことが好きなんだよ」

 遠くでカラスの鳴く声がした。山に幼い子がいるから鳴くのだと、教えてくれたのは目の前にいるカカシ先生。きっとお前みたいに可愛い子なんだろうな、
と、目を細めて笑いかけてくれた。

「お前と付き合って……いや、違うな。ナルトと知り合ってから、俺はたくさん幸せをもらったんだ。一つ一つあげてったらキリがないけど、聞きたい?」

 カカシ先生の片手が俺の頭の後ろに回って抱き寄せてきたから自然と顔が先生の胸に当たる。任務後のせいでカカシ先生のベストはほんの少しだけ埃っぽくて、けどいつもの優しい匂いがしたから俺はうっとりと目を細めた。

「聞き、たいってば」

 うなずいた拍子に目の下に溜まっていた涙がまたポロポロ落ちて足元に染みを作る。カカシ先生と俺の影が交わった場所を濡らして、影が、泣いているみたいだった。




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