手の届く範囲 (TOW3) 「眠らなくていいのかしら」 クロエが甲板で夜風にあたっていると背後からジュディスが声をかけた。クロエは振り向いて小さく笑う。 「そういうジュディスこそ、決戦前夜だと言うのに……」 「私は緊張しないもの」 「……羨ましいな」 月明かりの下、自嘲気味に笑うクロエと手摺りを握り締める手を見てジュディスは微笑んだ。 「貴女は緊張してるのね」 「……何故、あいつは私を突入メンバーに選んだんだ?」 他のメンバーに比べ、クロエはギルドに加入してまだ日が浅い。なのに、エラン・ヴィタールへの突入メンバーに選ばれた事が不思議でたまらなかった。信頼されていないとは思わないが、もっと信頼する仲間はいるだろう……と考えてしまうのだ。 そんなクロエの疑問にあっさりと答えるのがジュディスだ。 「実力重視じゃないかしら?」 「実力?」 「えぇ。貴女はここに来るまでは1人で戦ってきたのだから実力は申し分ない、と判断したのね、きっと」 ジュディスの言葉に、クロエは「過大評価しすぎだろう」と苦笑する。しかしジュディスは首を傾げて「そうかしら?」と聞き返した。 「帰って来れるか分からない、いわば世界の命運を賭けた戦いだもの。何よりも実力を重視するのも頷けるわ。あの子1人で回復も攻撃魔法も受け持つから、前線に3人入れるのも理に適ってると思うけど」 いつになく饒舌なジュディスに半ば驚きながらも、クロエは頷いたが、まだ何か引っ掛かるのか……照れくさそうに頬を掻いた。 「その……世界の命運、と言われてしまうと余計な力が入ってしまって……」 プレッシャーに弱いのか、すでに早鐘が鳴り響いている胸に手をあてて、もう一度苦笑いをする。 「世界のことなんて気負う必要ないんじゃないかしら?貴女は普段通りに……ね」 「普段通り?」 「再興の為、家の為に戦ってきたのなら、ずっとその為に戦えばいいの」 「……そういうものか?」 「世界なんて気の遠くなるような話じゃなくて、手が届く範囲を守ろうとすればいいだけ。……それを長い目で見れば『世界』を守ることになるのだから」 目を細め、真っ正面から見つめられたクロエは先ほどとは違う照れが出てきたので慌てて言葉を紡いだ。 「ジュ、ジュディスは何を守る為に戦っているんだっ?」 クロエの苦し紛れの問い掛けに、ジュディスはフッと笑った。 「言ったでしょう?」 そう言って右手でクロエの頬に触れる。クロエは僅かに肩を震わせた。 「手が届く範囲を守ろうとすればいい、って」 見上げたジュディスの妖しい笑みに、クロエは身体を強張らせた。 . [戻る] |