この距離感
「トゥルーデ、トゥルーデ!」
珍しく興奮した口振りのハルトマンが背後から私の軍服の裾を掴んだ。
「なんだ、どうした?」
今から夜間哨戒だと言うのに元気な奴だ。さっきまで大欠伸していたのが嘘みたいだな。……そう思いながら振り返ると、ハルトマンはいつもの笑顔で空を指差していた。それに促されるまま、私も天を仰ぐ。
「月が綺麗だねー」
今夜は満月……を少し過ぎたあたりか。雲一つない夜空は、月の独壇場と言った雰囲気がある。視線をハルトマンに戻すとやけに楽しそうな笑みで月を眺めている。私は目を細めてハルトマンを見ていたが、足が止まっている事に気付いた。
「おい、ハルトマン。月なんか見てる場合じゃないぞ。早く哨戒にだな」
「わかってるってー」
言葉を遮ったハルトマンは私を追い越して格納庫までダッシュした。……忙しない奴だ、と呟いて私もハルトマンの後を追い哨戒の準備を始めた。
空に上がり、高度を上げるとそれに比例するようにハルトマンのテンションも僅かにだが高くなっていた。編隊を無視して、勝手気ままに飛ぶハルトマン。なにがそんなに楽しいのか理解出来ない私は注意する気も失せそうになっていた。
ハルトマンが僚機だったはずだが、編隊を組むつもりがないようなので私が後方につき無理矢理編隊を組ませる。
余程、気分が良いのか鼻歌も混じってきたハルトマンを後ろから眺めると胸の辺りがチリチリと痛む。
……最近、この症状が増えてきているというのは自覚していた。しかし依然として原因は分からない。一度、医者に診てもらうべきだろうか。
ぼんやり考えていると、ハルトマンがニヤついた顔をこちらに向けていた。私の頬に熱が集まる。
「見惚れてた?」
「なっ、ば、馬鹿を言うな!めちゃくちゃな飛び方をするお前を見失わないように見ていただけだ!」
「……の、割には笑ってたぞー?」
「う……!」
なんだ、私は今のハルトマンの様にニヤけながら飛んでいたのか?!なんたる失態……!指摘され、頬を引き締めるとハルトマンは声を上げて笑った。
「あはは!いいじゃん、笑ってても」
「……任務中だ」
「ニヤけてた感じじゃないよ?」
「あぁそうか、それは一安心だ。自覚せずにニヤついていたのなら医者に行こうと思ってたところだ」
「私は好きなんだけどなー、トゥルーデの笑顔」
「なっ……!」
あぁ、痛い。
……エーリカがはにかむ様に笑うと私の胸は痛みを増す。頬は隠しきれないほど朱に染まってしまった。
照れ隠しするように今度は私がエーリカを追い越して顔を見られないようにする。後ろではエーリカが「照れなくていいのにー」なんて茶化してくるが聞こえないふりをした。
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