花を持って (not家族設定) 「おばあちゃん!」 生け垣の上からひょっこりと顔を出すと、縁側に座った人が嫌そうに顔をしかめてわたしを見た。わたしは気にせず、生け垣の下に出来た抜け穴を通って彼女の敷地に踏み入れる。 「知ってるかい、それは」 「ふほーしんにゅー、でしょ?」 意味は知らないけど、おばあちゃんはあの穴をくぐってやってくるわたしを見ていつもそう怒ってるから覚えちゃったよ。 胸を張って言うと、おばあちゃんはこれ見よがしにため息をついた。 「それよりね、おばあちゃん」 「私はあんたのおばあちゃんじゃないよ」 そう。この不機嫌そうなおばあちゃんはわたしのおばあちゃんじゃない。ただのおばあちゃん。マスターの家の近所に一人暮らししてるおばあちゃんだ。 でもそんなの関係ないや。わたしはおばあちゃんの名前を知らないし、なんだか本当のおばあちゃんみたいだもん。 おばあちゃんの反論には一切耳を貸さずにわたしは話を続ける。 「この花、なんていう名前かわかる?」 握りしめていた真っ白な小さい花をおばあちゃんに差し出した。おばあちゃんはやっぱりしかめっ面のまま花を受け取ってくれた。 「甘い香りするんだよ」 匂ってみて、と促すとおばあちゃんは葉に鼻を近付けて匂いを嗅いでから一人納得したように頷いた。 「あぁ……これは麝香葵だね」 おばあちゃんはふ、と優しく笑って花をわたしに返してくれた。 「ジャコウアオイ?」 「そう。葉っぱから麝香に似た香りがする葵科の花だから、まんまその名前さ」 ふーん、と小さく声をもらすと、おばあちゃんはまたしかめっ面に戻った。 「人に聞いておいて、なんだいその態度は」 「え?あ、別に興味ないとかじゃないよっ?」 「そもそも、あんたはなんで毎日毎日花を持ってやってくるんだね。不法侵入して」 なんか怒ってるっぽい。わたしはあははと笑っておばあちゃんの隣に座った。おばあちゃんは嫌そうな顔をしながらも少しずれて座れるスペースを空けてくれる。 「だって、おばあちゃんのお話面白いもん」 「こんな年寄りの話が面白いって?…変わった子だね」 変わった子……そうかもね。だって、わたしはボーカロイドだもん。でも、わたしの相手をしてくれるおばあちゃんも変わった人だと思う。 「もっと色んなことをお喋りしたいんだけど、思い付かなくて…。色んな花、みつけたら話のネタになるかなって」 「……私の話なんてつまんないだろうに」 おばあちゃんが哀しそうな顔になった気がした。それはほんの一瞬だけで、すぐにいつもの怒った風な表情になってわたしの頬をつねってきた。 「私はあんたと話す事なんかないよ」 頬をひっぱって、手を離された。……痛いよ。 わたしは頬をさすりながら立ち上がった。 「おばあちゃんにないんなら、わたしが話題考えるね!」 「はぁ?」 おばあちゃんは何か言葉を続けそうだったけど、わたしはそれを遮って宣言した。 「友達とお話するのは楽しいからねっ」 腰に手をあてて仁王立ちでカッコよく声を張ると、おばあちゃんは口を開いたままわたしを見ていた。 でも、しばらくすると小さく微笑んでこう言ってくれた。 「本当に…変わった子だねぇ」 . [戻る] |