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目の前の



2月13日。今年もこの日がやってきました。
一年で一番素敵で、一番嬉しくて、誇らしくて。
そして……縮まらない差を一番痛感する、あの人の誕生日。



***

わたくしは上層部に出す山のような書類をどうにか片付けて、時間を作るようにしました。1時間だけでもいいから、あの人に電話する時間が欲しかったのです。
どんなに努力しても、書類の山が一段落したのはもうお昼過ぎ。わたくしはコートを羽織ると、昼食も摂らずに街へと足を向けて急ぎました。副官の方には、すぐに戻ります、とだけ伝えて。


徐々に街並みを取り戻していくガリアと、久しぶりに声を聞けるというだけで胸は否応なしに弾んでしまい、街の公衆電話に辿り着いた時には、この息切れの理由が走ってきた為なのか、または別の原因なのかは分からなくなっていました。


コートのポケットに入れておいたメモを見ながらダイヤルを回す。
あの人は去年の夏に退役してからは本国で悠々自適な生活を送っているんだと、手紙で教えてもらいました。今はバイクでの世界最速を目指しているようです。

何度かコール音が鳴って、ようやく聞こえたあの人の声。


『はい、こちらイェーガー』
インカムでの受け答えみたいな言い方に、わたくしはふふ、と笑ってしまいました。


『ペリーヌかい?』
ちゃんと喋っていないのに、わたくしだと分かってくれた事がただ、嬉しくて。


「え、えぇ。お久しぶりです、シャーリーさん」

『うん、久しぶりだね』
シャーリーさんは楽しそうに相槌を打ってくれました。きっと、わたくしが電話した理由を分かってるだろうけど、先を促したりはしない。その優しさに、今日ぐらいはきちんと応えなければ。
わたくしは受話器越しにバレないように小さく息を吐いて、あの、と切り出しました。


「その……誕生日、おめでとうございます」

『うん、ありがとう』
気のせいか、シャーリーさんが笑ったように聞こえました。そして、わたくしは祝いの言葉を紡いだ一方で、祝いきれていない心のままでした。


「いくつになられましたの?」

『それ、毎年聞くね。……今年で21だよ』
苦笑いの混じった声。
シャーリーさんが何歳だなんて知っていて聞いている。ただの確認です。もしかしたら、まだ20歳のままなのかも……なんて、有り得ない事に対して淡い希望を抱くまでもない。


シャーリーさんが誕生日を迎えると、わたくしが誕生日を迎えるまでは2歳の差が開きます。2週間ちょっと、彼女との差が1つ開いてしまうのです。年齢差なんて意味ないよ、とシャーリーさんは笑って言ってくれますが魔女であるわたくし達にとって19歳と20歳じゃ大違い。個人差はあれど、多くの魔女は20歳を過ぎると飛べなくなってしまうのですから。

去年だってそう。魔法力の衰退が始まったシャーリーさんは、空になんの未練も残さずに潔く退役されました。なのに、わたくしは「もう一緒に飛ぶことはないんだ」と気落ちしたりして。
同い年だったら、同じ時期に魔法力の衰退が始まって、同じ時期に空から退くことが出来たかも知れない……と、叶うはずがない「もしも」を思わずにはいられませんでした。
シャーリーさんがいない空に、少なからず恐怖を覚えたのも確かなのです。



『また、わたくしの誕生日が2月12日以前だったら……なんて考えてる?』
僅かな沈黙だったのに、シャーリーさんは的確に図星を突いてくる。上手く返せずにまた黙ってしまうと、大きなため息が聞こえました。


『ペリーヌはやたらと年齢にこだわるけど、それになんの意味があるのさ』
呆れられている、シャーリーさんの声を聞いて直感的にそう思いました。わたくしは観念して自身の考えを話しました。すると話し終えたと同時にシャーリーさんは、朗らかに笑いました。


「……あの」

『あぁ、ごめんごめん。でも、なんだ、そんな事かって思ってさ』
そんな事。……シャーリーさんにとっては過ぎた事で「そんな事」なのかも知れないけれど、わたくしにとって、シャーリーさんの居ない空というのは酷く寂しいものなのです。いつだってわたくしを引っ張ってくれていた人がいなくなる不安が、わたくしを飲み込もうとする。
前を見据えるシャーリーさんにとって、後ろをついてくるわたくしなんて「そんな事」なのでしょう。


『あたしはさ、退役する時に初めてペリーヌとの差を煩わしく思ったよ』

「え?」
シャーリーさんは、はは、と乾いたような笑い声でした。


『あたしはペリーヌを置いて空を去らなきゃいけないのか、って。……もう一人ぼっちにはさせないって決めたのに、だ』
絞りだすような苦々しい言い方に、わたくしの胸は痛くなる。


『でも、ペリーヌはもう一人じゃないって気付いて、じゃあ、あたしは1年ぐらい待ってようかって』

「シャーリーさん……」
シャーリーさんは悩みなんて普段は見せないのに、こんなにわたくしの事を考えてくれていたのでしょうか。なんとも言い難い感情が胸を覆いつくして、言葉が続かなくなる。


『だから、やっぱり年齢差なんて関係ないんだよ』

悪い方向へと考えて自分の中にしまいこんでしまうわたくしを、シャーリーさんは明るい方へと導いてくれる。泥沼の思考に沈んでしまいそうになるわたくしの手を引っ張ってくれる。


「……シャーリーさん、」

『うん?』

「お誕生日、おめでとうございます」

それは、シャーリーさんを好きになって、たぶん初めて心から祝った言葉。
わたくしの言葉を聞いたシャーリーさんは『何回言うのさ』と笑いました。







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