風に乗せて (死ネタ注意) ごうごうと、耳のすぐそばで風がざわめいた。 えんえんと、遠くで『風』が泣いているのだろうか、と場違いな感想を思い浮かべながら ゲルトルート・バルクホルンは意識を手放した。 20歳を過ぎたゲルトルートには満足に戦える程の魔法力はなかった。それでも彼女は危険を承知し、同僚の提言をやんわりと拒みながら空を翔け続けた。故郷を取り戻す為と、未だ人類最高のエースとして周囲の期待を一身に受けている相棒の負担を減らす為。そして、その相棒を守りたいという思いだけが彼女を空へと赴かせていた。 今は任務の関係でお互い離れた場所で戦っているが、相棒の戦果は遠く離れた地でも頻繁に耳にしており、彼女が表彰される時などは何故か誇らしく、少しだけ寂しかった。 その日は風が強かった。 出撃の命を受け、空に上がったが吹き付ける風がやけにうるさい。しかし集中出来ない状況でも予報通りネウロイは大陸へ向け進撃してくるが、ゲルトルートは慣れた様子で他の隊員に指示を出していく。ゲルトルートが率いる部隊は指示通りに散開し目標へと攻撃を仕掛けていった。飛ぶだけで精一杯でシールドすら張れないゲルトルートは、隊員たちに申し訳ないと思いながらも最後列で攻撃に参加していた。 自分の前には現況を理解してくれている仲間がいる、故に自分にまでネウロイの攻撃は届かない。 そんな過信はしたことがなかった。戦場にいる限り、攻撃が当たらないなんて考えは愚の骨頂である。油断なんて、しているつもりはなかった……はずだった。 もし、隙があったとするなら、風のせいだと思う。今日はやけに風が強い。ただそれだけの事なのにゲルトルートの頭の片隅に、風を纏う相棒の姿がこびりついていた。 「バルクホルン隊長っ!」 インカム越しの叫び声にゲルトルートは瞬時に反応したが、紅い閃光は眼前にまで迫っていた。 「っ!!」 僅かな抵抗。無駄だと、どこかで考えながらシールドを張ろうと意識するが、蒼の障壁は現れず、閃光がゲルトルートの身体を貫いた。 インカムから聞こえていたはずの声が遠く響く。 (あぁ……、エーリカ) 閃光が貫いたはずの痛みはなく、落下していくゲルトルートを包んだのは風の音だけだった。 (私は、あいつに何か伝えただろうか) ゲルトルートは眼を閉じて、愛おしい相棒を思い浮かべる。 歳の割には幼い顔立ち。いつも寝てばかりいたからか、髪はお日様の匂い。地上では誰よりも手が掛かって、空では誰よりも頼りになる。 いたずらっぽい笑顔も、眠そうにこすった眼も、屁理屈や人の揚げ足ばかり取った口も。すべてが、好きだった。 それが愛なのか、恋なのか、そもそもその違いすら分からないけれど、一緒に居たいと思った。そして、それを願った。 「……エーリカ」 相棒の名を呟いて、ゲルトルートは笑った。涙を湛えて、寂しそうに笑った。 (最期に、好きだと告げたいな……) ごうごうと、耳のすぐそばで風がざわめいた。 えんえんと、遠くで『風』が泣いているのだろうか、と場違いな感想を思い浮かべながら ゲルトルートは愛を囁いた。 [戻る] |