花束はないけれど
あたしの前に座ったお嬢様は不機嫌さを隠そうともせずに、大きな大きなため息をついた。ウェイターが運んできたエクレアには見向きもしてくれない。
「まだ機嫌直らないかい?」
あたしは自分のエクレアを頬張って、不機嫌なお嬢様――ペリーヌに声をかける。ガリアの復興作業を何よりも優先させるペリーを、半ば無理矢理連れ出してきたのは悪いとは思ってるけど、今日ぐらいは許してほしいね。
「……」
ダメだ。カフェまで連れてきてなんとか座らせたはいいものの、一向に口をきいてくれやしない。自分のエクレアを一口大にちぎって、ペリーヌの口元へと持っていったけど、やっぱり見向きしない。頑固者め。
でも、半ば無理矢理……とは言っても、同じく復興作業にあたっているリーネや村の人には了承を得ていたし、むしろ「ペリーヌさんも今日ぐらいは羽を伸ばしてください」と快く送り出してくれた。まぁ、ペリーヌ本人の了承はないけどさ。
どうにか機嫌を取るものはないか、とポケットに手を突っ込んで、渡すべきものがある事を思い出した。ペリーヌから見えないようにテーブルの下でそれを取り出して、もう一度確認する。
ペリーヌに渡そうと思って買ったのは花の種。ナスターチューム、という可愛らしい花が咲くらしい。花言葉は『愛国心』。ガリアを愛するペリーヌにはぴったりだと思って買ったんだけど……喜んでくれるかな。
ちらりとペリーヌを盗み見ると、ようやく紅茶に口をつけて、少し折れてくれたところ。あたしはナスターチュームの種の小袋をペリーヌに差し出す。ペリーヌは驚いたように口を半開きにしたまま、その小袋を見つめた。
「……なんですの?」
「ナスターチュームっていう花の種」
「そうじゃなくて……」
ペリーヌの聞きたい事は分かる。やっと、目を合わせてくれたペリーヌに笑いかけて、あたしは決まり文句を言う。
「誕生日おめでとう、ペリーヌ」
思った通り、ペリーヌはポカンと呆気にとられたような表情であたしを凝視。やっぱりペリーヌにはサプライズの仕掛け甲斐があるね。成功した、と喜んだのも束の間、ペリーヌは眉間に皺を寄せた。
「……ペリーヌ?」
「誕生日に『愛国心』って……」
ぼそぼそ呟きながら呆れた表情であたしを見るペリーヌ。……なんだ、そういうことか。
「あはは、ごめんごめん。ペリーヌにぴったりだと思ったんだよ。やっぱり薔薇が良かった?」
「……色ごとの花言葉、ご存知ですの?」
あたしは知らないもんだと決めつけて聞いてくるペリーヌ。こう見えて、ペリーヌに話を合わせようとちょっとは勉強したんだけど……お望み通り、知らないフリをしてあげようじゃないか。
「赤じゃダメなのか?」
「……確かに、赤い薔薇には『愛情』とかそんな花言葉もありますけど。……まぁ、分からないんでしたら、無難に赤い薔薇をお勧めしますわ」
花言葉は本によっては載ってる事が違ったりするらしいけど幸い、あたしの読んだ本とペリーヌの知識はだいたい同じみたいだ。
「そっか。……じゃあ、あたしはペリーヌに白い薔薇を贈るよ」
「白?」
「枯れた白い薔薇ね」
「枯れた!?い、嫌がら……」
嫌がらせですの?とでも続けようとしたのか、その途中で「枯れた白い薔薇」の花言葉を思い出したようで彼女はみるみる内に真っ赤になっていった。
「し、知ってるじゃないですか……!」
俯きながら小さく呟かれた言葉に、あたしはついニヤニヤとしてしまう。バレないように口元を隠しながらテーブルに肘をついた。
「さてと、ペリーヌ。今日はじっくりデートでもしようか?」
「デ、デート!?」
ペリーヌは不自然な音を立てて椅子を引いしまい足をテーブルにぶつけたようで、その上に置かれたカップがカチャリと不恰好な音を奏でた。
面白いくらいに慌てるペリーヌに、自然と笑みがこぼれてくる。
あぁ、今日は楽しい1日になりそうだね……。
――――
ペリーヌ誕。
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