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「いやあの、陣さんそれはちょっと…」
「来るよな?この?」
「連れて来るの?来ないの?死ぬの?」
「───……努力します…」
ガクリと両肩を落としたこのちゃんの背中には、悲壮感すら漂っている。頑張れこのちゃん、オレには無理だ。超笑顔の二人とか止めらんねぇ。
「うわ、このの奴死相出とるでアユっぺ」
「そっとしといてやろうぜ、男の友情で」
「つーか…彼女が出来た訳じゃ…ないんすよ」
「ん?じゃあこのちゃん片思いか」
「へぇ何処の女だよ?」
珍しくぼそぼそと覇気のない声に気付き、皆身を乗り出していた。このちゃんは決してモテないタイプの男ではない。浮わついた話が出て来ないだけで、実際彼女持ちだと言われたとて、ああやっぱり〜くらいのリアクションしか返らないだろう。一生ならば、取り敢えず生意気だといびられて毒吐かれるだろうが。
「いやその…俺の兄貴と同じ学校の…子っす」
「あーそれ!もしかしてあれやろ、こないだのっ…公園の子!」
「うるせぇよ一生、黙っとけ」
うわこのちゃんが照れた!! マジか!つか女の話振ったくせに、誰かは見当付けてなかったのか一生!こんの花より団子派・ナンパするより単車転がしたい系、色恋無縁やんちゃ小僧が!
「You 吐いちまえYo☆」
「せやせや隠し事あかーん」
「で?で?どんな子だったのいっちゃん」
「いやぁ可愛いらしい感じの子ぉで、なんや猫と戯れとったんを一目惚れしたん… だうっ!?」
「テメー吹聴すんのも大概にしろよ一生」
「このちゃんがキレた…」
このちゃんはキレると大変恐ろしい。そしてその姿を見ると、普段は本当に手加減してくれてんだなぁってのが良く解る。しかしこのちゃんを怒らすのは大体一生だから、オレに飛び火する事はない。
このちゃんの怒りは誰彼構わず蹴散らす物ではなく、標的を一点に狙い澄まして仕留める。弾丸のように真っ直ぐな純然たる反射行動だ。その分、一度向けられたそれは恐ろしく情け容赦ない。
兄貴曰く“総司と似たタイプ”だそうだ。オレはキレた村雲先輩なんて生涯、お目に掛かれなくて良いんだぜ。
「このちゃんこのちゃん…決してこのちゃんを怒らせる真似なんてしよう筈のない、ビビりかつ雑魚助なオレには、こっそり教えて欲しいんだぜ」
「さりげなく要求するなよ歩」
「ちぇっ」
「…今度な」
っしゃ!! オレ地味に無害に生きてて良かったんだぜハッハー!オレ個人の評価は喧嘩最弱・根性三下・言動下っ端・属性ツッコミ・外見地味のその他平凡ややマイナス。人間レベル中の下に過ぎないが、それ即ちまたの名を消極的安全牌!
…という堅実な、堅実な!! キャラのお陰でこのテの、ちょっと言い難いが自分一人じゃ抱え辛い話題を共有するのに持ってこいな立ち位置として、ちょいちょいレアなネタが転がり込んで来る事もあるんだぜ!
「あだだだ…手加減せぇやワレ!頭陥没したで絶対!」
「手加減?野郎にくれてやる情けなんぞ持ち合わせちゃいねぇよ」
「くっあなんやコイツいてこますぞ!!」
「いーぞーやれやれヒューヒュー」
「囃し立てないで下さいよ村雲先輩!いっせーとこのちゃんが暴れたら、窓ガラス何枚ぶち破る事か!これ以上北風吹き込む冬の校舎は真っ平っすよ!」
「えー、これまでの統計的に平均…アバウト三、四枚ってトコじゃない?」
「くっそリアルな数字弾き出して来たし…!確信犯過ぎてもう怖いんだぜ、兄貴ー!」
「解ってる泣くなアユ……おいテメーら」
ドスの効いた兄貴の声には、流石に二人も静止した。うおお兄貴カッケー!村雲先輩とは一味も二味も違うんだぜ!
「やるなら外でやれ、気絶させるか参った言わせるまで本気でやれ。それが喧嘩のマナーだ馬鹿野郎」
ですよねー!! 喧嘩上等がヤンキー道ですよねー!! 兄貴そんなん大好きですもんねー!期待したオレのひよっこ馬鹿野郎!
『了解っす』
兄貴の忠言をおとなしく聞き入れ、二人仲良く表に出ろコラァと互いの襟を引っ張って行く。どうでも良いけど、猛烈歩き難そうなんだぜあれ。
まぁ何はともあれ、オレにとばっちりが来なければ、誰が何処で喧嘩しようと別に構わないんだぜ。
「───んっ?」
あれ?なんでオレまで襟引っ張られてんの?
「さっ行こうかアユちゃん!」
「うぇぇぇぇぇぇ!? いっ良いです良いです村雲先輩、オレこのちゃんといっせーの喧嘩なんて、もうめっさ見慣れてるんでぇぇぇぇぇぇ!」
「あの二人の喧嘩見慣れてるのに、なんでアユちゃんはクソ弱いの〜?馬鹿なの?カスなの?死ぬの?」
「………馬鹿でカスでか弱いんです…」
「ぶはっ!! おまっ男がその年でか弱いゆーな! …アユ、お前本当にクソ弱いんだから、あいつら見て喧嘩の仕方学んで来い」
「兄貴まで!?」
「だよねぇ。陣も言ってる事だし、アユちゃんもそろそろスライムから、わらいぶくろぐらいにレベルアップしないとね」
「いやいやいやいやいや!先輩ドツクエネタ好きならいっそオンラインしましょうグッフ…!」
「ゲームはPK専門って決めてるからー」
────悪魔か!いや鬼だぜこの人!知ってたけど!
にこやか…もとい最大級のニヤニヤ顔してオレを片手で引き摺る村雲先輩は、ささやかな抵抗など物ともせず、ぐいぐい死線へ向かって行く。
連絡通路からすぐの中庭では、既にヒートアップしたドツキ合いが繰り広げられていた。肉と骨がぶつかり合う打音に、ざっと血の気が退いて行く。
まさかあの、あの渦中に放り込む気かこの人!やべぇオレ終了のお知らせなんだぜ!!
「待った待ったー。アユちゃんも仲間に入れてあげてよ、いっちゃんこのちゃーん」
「…っ村雲先輩?なんやアユっぺ邪魔せんといてや、今からこいつに血反吐吐かしたるんや」
「上等だ一生、あぁ?」
「そう除け者にしちゃ駄目だよ、はい。二人でアユちゃんをオトコにしてあげて。立派なわらいぶくろにレベルアップしてあげて」
「遠慮しますううぅぅ!オレまだ死にたくねーですもんんん!いっせーこのちゃん助けて欲しいんだぜーっ」
喚くアユを無情に放り出し、総司は心底愉しげに口角をしならせていた。
「アユちゃん強くなると良いね、陣」
「すぐにゃ無理だろ」
「でもさー、拳で語り合えるようになったら、アユちゃんの本音も解るよーになるかもじゃーん?」
「…そうだな」
「ふふふー強くおなりーアユちゃん」
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